いっちの1000字読書感想文

平成生まれの30代。小説やビジネス書中心に感想を書いてます。

芥川賞

『あくてえ』山下紘加(著)の感想【悪態というコミュニケーション手段】(芥川賞候補)

悪態というコミュニケーション手段 タイトルの「あくてえ」とは、 悪口や悪態といった意味を指す甲州弁 で、主人公である19歳の女性は、悪態をつきます。 主人公が、同居の祖母を「ばばあ」と心の中で呼ぶのも悪態の一つです。 主人公は、 祖母 母 の三人暮…

【芥川賞予想】第167回芥川賞候補作発表、掲載誌まとめ(2022年上半期)

第167回芥川賞候補作発表 2022年6月17日(金)、芥川賞の候補5作品が発表されました。 受賞作の発表は、7月20日(水)です。 以下、候補作と掲載誌をまとめ、受賞予想をいたします。 小砂川チト『家庭用安心坑夫』群像6月号 初の候補入りです。 同作で群像新…

『パーク・ライフ』吉田修一(著)の感想【小説に書かれていない余白を体験】(芥川賞受賞)

小説に書かれていない余白を体験 「パーク・ライフ」のタイトルどおり、公園が舞台です。 都会の中心、日比谷公園。 公園内で大事件が起こる、といった話ではありません。 昼間の公園でよく見られる風景を切り取った作品です。 主人公は、バスソープや香水を…

『ボギー、愛しているか』伊藤たかみ(著)の感想【売春島に打ち上げられた男】(芥川賞候補)

売春島に打ち上げられた男 ボギーとは、主人公の地元の同級生です。保木のあだ名がボギーです。 ボギーは、十九の夏に死んだ。溺死だった。九月の終わり、W島の海岸に打ち上げられたのだ。そこは、地元の売春島だと噂される小さな島だった。 なぜ、ボギーが…

『サイドカーに犬』長嶋有(著)の感想【母が家を出た】(芥川賞候補)

母が家を出た サイドカーに乗った犬を、主人公は海沿いの道路で見ます。 サイドカーに犬を乗せたバイクが前方を走っていた。犬は行儀よくすわっていた。 主人公も、サイドカーの犬のように行儀がよいです。 欲しいものを、人にねだることができません。 主人…

『猛スピードで母は』長嶋有(著)の感想【心強いシングルマザー】(芥川賞受賞)

心強いシングルマザー 主人公の母の車の運転は、いつも猛スピードです。 主人公は小学5年生の男の子で、母と二人、北海道で暮らしています。 北海道の南岸沿いの小都市だが、背後を背の低い山が囲んでいた。だから海から流れてくる雲が停滞しやすいのだとい…

『無花果カレーライス』伊藤たかみ(著)の感想【実の中に咲く花】(芥川賞候補)

実の中に咲く花 無花果(いちじく)のジャムが入ったカレーライスは、主人公の母が作っていた料理です。 カレーには無花果のジャムがいいのよとつぶやく。そうすれば、味がまろむから。 主人公の母は、小学生の主人公に暴力をふるっていました。 主人公は、…

『八月の路上に捨てる』伊藤たかみ(著)の感想【タイトルが良い】(芥川賞受賞)

タイトルが良い タイトルに惹かれて手に取りました。 「八月の路上」だけだと暑そうです。 「路上に捨てる」だけだと物寂しい感じがします。 「八月の路上に捨てる」だと、暑さと物寂しさが相まって、夏の終わりの悲壮感ある雰囲気が伝わってきます。 それに…

第166回芥川賞受賞作発表、選評(2021年下半期)の感想

第166回芥川賞受賞作発表 2022年1月19日(水)、芥川賞の受賞作が発表されました。 砂川文次『ブラックボックス』 ブラックボックス 作者:砂川 文次 講談社 Amazon 私の予想は当たりました。 受賞予想はこちらです。 選評 選考委員の奥泉光さんの会見は、NHK…

『皆のあらばしり』乗代雄介(著)の感想【おめでたい語り手】(芥川賞候補)

おめでたい語り手 主人公は、歴史研究部に所属する高校2年生です。 主人公が一人で課外研究をしていると、大阪弁で話す中年の男と出会います。 大阪弁の男は胡散臭そうなのですが、歴史に詳しく、博識です。 男は、まだ世に出ていない幻の書物を探していまし…

『ブラックボックス』砂川文次(著)の感想【どこか遠くに行きたい】(芥川賞受賞)

どこか遠くに行きたい 28歳の主人公は、メッセンジャーとして働いています。 メッセンジャーとは、都心を自転車で走り回り、配達物を届る仕事です。 主人公は、一日の走行距離が100キロを超える日が続き、転倒してしまいます。 この仕事は食わないと死ぬ。二…

『オン・ザ・プラネット』島口大樹(著)の感想【記憶や時間について語り合う大学生】(芥川賞候補)

記憶や時間について語り合う大学生 大学生の主人公は、映画を撮るため、車で鳥取を目指しています。 映画の舞台は鳥取砂丘 映画の内容は、世界が終わるときに残った4人の会話劇 主人公の他に、男性2名、女性1名います。歳は違いますが全員大学生です。 横浜…

『我が友、スミス』石田夏穂(著)の感想【別の生き物になりたい】(芥川賞候補、すばる文学賞佳作)

別の生き物になりたい 主人公は30歳の女性。仕事終わりにジムで筋トレに励んでいます。 フィットネス感覚ではなく、徹底的に体を鍛える、ガチな筋トレです。 スミスとは、筋トレマシンの名前です。 バーベルの左右にレールがついたトレーニング・マシンであ…

『Schoolgirl』九段理江(著)の感想【痛々しいが憎めない登場人物】(芥川賞候補)

痛々しいが憎めない登場人物 主人公は、娘のために存在すると言っても過言ではない母親です。 今、私には娘だけがいる。まずやるべきこと。娘のために朝食を用意する。(中略)娘を産んでから、娘の朝食の用意を忘れたことはいちどもない、いちども。 主人公…

【芥川賞予想】第166回芥川賞候補作発表、掲載誌まとめ(2021年下半期)

第166回芥川賞候補作発表 2021年12月17日、芥川賞の候補5作品が発表されました。 受賞作の発表は、2021年1月19日(水)です。 以下、候補作と掲載誌をまとめ、受賞予想をいたします。 石田夏穂『我が友、スミス』(すばる11月号) 初の候補入りです。 同作で…

『短冊流し』高橋弘希(著)の感想【離婚前の別居期間】(芥川賞候補)

離婚前の別居期間 主人公は、自分の不貞(不倫)の約1年後、妻から離婚を切り出されます。 5歳の娘がいて、妻は妊娠8か月でした。 妻は、主人公に言います。 半年間の別居をして、その後、正式に離婚したい。 5歳の娘のために、妻は半年間の猶予期間を設けた…

第165回芥川賞受賞作発表、選評(2021年上半期)の感想

第165回芥川賞受賞作発表 2021年7月14日(水)、芥川賞の受賞作が発表されました。 ダブル受賞です。 石沢麻依『貝に続く場所にて』 貝に続く場所にて 作者:石沢麻依 講談社 Amazon 李琴峰『彼岸花が咲く島』 彼岸花が咲く島 作者:李 琴峰 文藝春秋 Amazon …

『貝に続く場所にて』石沢麻依(著)の感想【震災で行方不明になった知人】(群像新人賞受賞、芥川賞受賞)

震災で行方不明になった知人 主人公の女性は、ドイツのゲッティンゲンに住み、論文を書いています。 そこに、東日本大震災で行方不明になった知人が来ます。大学のときに、主人公と同じ研究室に所属していた男性で、9年ぶりの再会です。 話しぶりや様子を見…

『氷柱の声』くどうれいん(著)の感想【三月十二日を忘れない】(芥川賞候補)

三月十二日を忘れない 主人公の女子高生は、東日本大震災を経験しました。 2011年(被災、美術部での活動) 2016年~2021年(仙台での大学生活、フリーペーパーの編集者) 高校で美術部に所属する主人公は、高校最後のコンクールで「滝」を描きます。主人公…

『水たまりで息をする』高瀬隼子(著)の感想【風呂に入らない夫】(芥川賞候補)

風呂に入らない夫 35歳になる夫は、 風呂には、入らないことにした と、主人公に宣言します。 なぜ、風呂に入らないのか、わかりません。 夫に聞いても、 くさくない? (中略) あとちょっと痛い と、よくわからない理由です。 夫は以前、ずぶ濡れで会社か…

『穴』小山田浩子(著)の感想【穴は誰かとつながる存在】(芥川賞受賞)

穴は誰かとつながる存在 主人公は、夫の転勤に伴い、夫の実家の隣に住むことになりました。 田舎で、何もありません。 仕事の求人はなく、主人公は専業主婦になりました。 引っ越しの荷物が片付くと、私は何の予定も宿題もない夏休みを与えられたような気持…

『オーバーヒート』千葉雅也(著)の感想【『デッドライン』のその後】(芥川賞候補)

『デッドライン』のその後 2018年、主人公が大阪に住んでいるときの話がメインです。 主人公は、京都にある大学の准教授ですが、大阪に住んでいます。 長い間東京に住んでいた主人公にとって、 京都は「沈鬱な地方都市」 大阪は「関西の東京」 だと思ったか…

【芥川賞予想】第165回芥川賞候補作発表、掲載誌まとめ(2021年上半期)

第165回芥川賞候補作発表 2021年6月11日、芥川賞の候補5作品が発表されました。 受賞作の発表は、2021年7月14日(水)です。 以下、候補作と掲載誌をまとめ、受賞予想をいたします。 石沢麻依『貝に続く場所にて』(群像6月号) 初の候補入りです。 同作で群…

『スクラップ・アンド・ビルド』羽田圭介(著)の感想【介護する側される側】(芥川賞受賞)

介護する側される側 28歳の主人公は、前職を自主退職し、就職活動をしています。 仕事がなかなか決まらないので、家で資格の勉強をしたり、筋トレをしたりします。 主人公は、 現在無職だが死にたいと思うようなときなど一瞬もおとずれず、生を謳歌したい気…

『死んでいない者』滝口悠生(著)の感想【まともでない奴が魅力的】(芥川賞受賞)

まともでない奴が魅力的 死んでいなくなった男の通夜に、親戚が集まります。 子、孫、ひ孫。以前から関係性のある者もいれば、関係性のない者もいます。 親戚一同を分ける場合に、2通りあるそうです。 上の世代、下の世代(年齢)で分ける まともな奴、まと…

『異類婚姻譚』本谷有希子(著)の感想【家族の末路】(芥川賞受賞)

家族の末路 専業主婦の主人公は、旦那と二人暮らしをしています。 ある日、自分の顔が旦那の顔とそっくりになっていることに気が付いた。 結婚して4年の主人公は、同じマンションの住人の女性に、旦那と顔が一緒になってきたことを打ち明けます。 女性の知り…

『彼岸花が咲く島』李琴峰(著)の感想【正しいと思うことをする】(三島賞候補、芥川賞受賞)

正しいと思うことをする 主人公の少女は、流れ着いた島で、記憶をなくしていました。 島の海岸には、彼岸花が咲いています。 主人公を発見したのは、同い年くらいの少女でした。彼女の話す言葉を、主人公は理解できません。 「ノロ」という役割を担った女性…

『コンビニ人間』村田沙耶香(著)の感想【「○○人間」と言えるもの】(芥川賞受賞)

「○○人間」と言えるもの タイトルにあるとおり、主人公は「コンビニ人間」です。 18歳から18年間、コンビニでバイトし、 コンビニの商品を飲み食いし、 コンビニの勤務に備えて体調を万全にします。 コンビニ中心に生活する人間。当然、無遅刻無欠勤です。 …

『しんせかい』山下澄人(著)の感想【切ない青春小説】(芥川賞受賞)

切ない青春小説 主人公は、著者と同姓同名の山下スミト、19歳です。 主人公は、高校を卒業しアルバイト生活を送っていたところ、家に間違えて配達された新聞で募集記事を見て、応募しました。 俳優と脚本家、脚本家というものが何なのかよくわからなかったの…

『おらおらでひとりいぐも』若竹千佐子(著)の感想【生きた意味、生きる意味】(芥川賞受賞、文藝賞受賞)

生きた意味、生きる意味 主人公は、東北出身の74歳の女性です。 夫に先立たれ、残された家に一人で暮らしています。 一人の老後生活には、寂しさがつきまといますが、主人公はしたたかに生きています。 満二十四のときに故郷を離れてかれこれ五十年、日常会…