野間文芸新人賞がきっかけ
私は芥川賞受賞作は読みますが、非公募型の純文学系新人賞の残り二つ、三島賞と野間文芸新人賞の作品はあまり読んできませんでした。
ですが、2018年の野間文芸新人賞受賞作が面白かったので、手を伸ばすことにしました。
受賞作、候補作はこちらです。(太字は読了)
- 金子薫『双子は驢馬に跨がって』(受賞)
- 乗代雄介『本物の読書家』(受賞)
- 木村紅美『雪子さんの足音』
- 古谷田奈月『無限の玄/風下の朱』
- 町屋良平『しき』
一言あらすじ
死んでは生き返りを繰り返す父を目の当たりにした家族が、その現象や父に向き合う物語。
主要人物
- 僕:玄の次男。玄、律、千尋、喬と共に、全国をキャンピングカーで回り演奏する。
- 玄:僕の父。63歳で死ぬが、翌朝生き返る。
- 律:玄の長男。親指がない。
- 千尋:玄の叔父喬の息子。玄になつく。
- 喬:玄の弟。
多数派はあくまで多数派
死んだはずの玄が翌朝生き返っていることに、皆が心配する中、玄はこう言い放ちます。
多数派はあくまで多数派だ、正解じゃない。正義でもないし、真理でもない。俺が多数派の死に方をしなかったのはお前には期待外れだろうが、こっちは普通にしてるだけだ(p.46)
生き返ったことに、玄だけは動じません。
他にも玄は、自分の子供が女性の腹から生まれたことを否定したり、子供を高校に通わせることなく演奏の旅に出たりと、少数派であることにためらいがありません。
相手がどう思おうと、自分の信念に沿った行動する、筋が通った人間です。
なぜ玄は毎日蘇るか
玄の死に対し捜査や推理は書かれませんが、長男の律が警察の事情聴取で答えます。
うちの親父は自殺するほど感傷的になれない。その点に関しちゃ病気だったと断言できるな。(p10)
大黒柱である玄は、家族の支柱であり、バンドの心の支えです。
そんな玄が、死ぬわけないのです。玄自身もそう思っているからこそ、毎日蘇ります。
ありえない現象なのにそう感じさせない文章
死んだ人間が、翌朝蘇るというのは、非現実的です。
しかし、群馬北部の田舎で生き死にを繰り返すさまが、神秘的な現象のように感じられます。
本当らしさがあるのです。
フィクションを感じさせないのは、古谷田さんの濃密で精緻な文章だからだと気づきました。
物語性よりも濃い文章を読みたい人におすすめです。
物語性がないわけではありません。絶対的な存在だった玄に、違和感を覚えていくさまは、考えさせられます。
調べた言葉
月夜野:群馬県北部の町
望郷:ふるさとを懐かしく思うこと
確然:確かでしっかりしていること
険のある:険しさのある
焦慮:あせっていら立つこと
慈愛:深い愛
決然:きっぱりと決意すること
想念:心に浮かぶ考え
歯噛み:歯を食いしばること