いっちの1000字読書感想文

平成生まれの社会人。小説やビジネス書中心に感想を書いてます。

『その先の道に消える』中村文則(著)の感想【生きてていいんだと思える】

暗い作品があっていい

 中村文則さんの作品は、暗いものが多いです。

 この作品も例外ではありません。

 しかし私は、暗い=悪いとは思いません

 中村作品の暗さには、奥深さがあります。

 ファッション的な暗さではなく、「生きるとは何か」「人間とは何か」というような根源的な問題を考える過程で、必然的な暗さが描かれます

 以下に興味がある人におすすめです。

一言あらすじ

 刑事である富樫は、殺人現場で、関係を持っていた女の名刺を発見した。富樫はその女が捕まらないよう、別の女を犯人に仕立てようとする。

 

主要人物

  • 富樫:刑事。緊縛師の殺人現場で麻衣子の名刺を発見する
  • 葉山:富樫の上司。犯人の自首を認めず、自殺に追い込んだことがある
  • 麻衣子:富樫と関係を持った女。吉川を殺したと富樫に告白する
  • 吉川:殺された緊縛師

 

縛ってほしいと思うところに縄をあてる

 物語の中心に緊縛があります。

 女性を縄で縛る緊縛師と縛られる女性には、関係性があります。

女性が縛って欲しいところ、次に縛られるだろうと予感しているところの、少し先をいって女性に驚きを与えなければいけません。(p.29)

 その点で、殺された吉川には才能がありませんでした。

 自分よがりだったのです。

 

殺人を別の人間に仕立てたくなるほど魅力的な女

 吉川を殺したのが麻衣子だと知った富樫は、犯人を別の人間に仕立てようとします。

 そうさせるほど、麻衣子は魅力的でした。

 殺人をかばえば自分の立場が危うくなるのに、富樫は迷いません

 殺人を告白されて、隠蔽を提案する相手はいますか?

 私にはいません。

 それが愛と言えるのかもしれません。

 

生きていいんだと思える

 死と隣り合わせの登場人物たちは、いつ死んでも、殺されてもおかしくありません。

 ふっと息を吹いたら消えてしまう、ろうそくの火のようです。

 そんなぎりぎりで生きる人たちの姿を目の当たりにすると、こんな自分でも生きてていいんだと思うことができます

世の中はどんどん息苦しくなっているように感じるけど、しかし人生というものは常に目の前にあり、続いていく。当然のことながら、全ての人生が尊い。読んでくれた、全ての人達に感謝します。ありがとうございました。共に生きましょう。(あとがき)

 中村さんは、あとがきに毎回「共に生きましょう」と書いています。

 明るい物語だけが、生きる希望を与えてくれるわけではありません

 生きていくのはしんどいことが多いですが、こういう小説が生きていく励みになります。

その先の道に消える

その先の道に消える

 

調べた言葉

形而上学:事物の本質や存在そのものの根本原理を究めようとする学問

粗野:あらあらしく野性的で、洗練されていないこと