さらりと読めるが、ざらりと残る
今村夏子さんの作品は読みやすいです。
シンプルな言葉と気になる展開が、先へと読ませます。
ですが、読みやすい=あっさり、ではありません。
読み終わった後に起こる感情は、以下のようなものです。
- 結局何の話だったの?
- よく考えると怖い
- これは今村作品でしか体感できない
さらりと読めますが、ざらりと残るのです。物語の世界が頭にこびりつきます。
他の作家さんの作品にはない感触があります。
以下に興味がある人におすすめです。
- 読みやすいけど考えさせる
- 日常に潜む違和感、恐怖
- 信頼できない語り手
一言あらすじ
主人公は、むらさきのスカートの女と友達になりたいが、話しかけることはできないので、観察している。
主要人物
- わたし:むらさきのスカートの女を観察する。黄色いカーディガンの女
- むらさきのスカートの女
むらさきのスカートの女とは
うちの近所に「むらさきのスカートの女」と呼ばれている人がいる。いつもむらさき色のスカートを穿いているのでそう呼ばれているのだ。
(中略)
頬のあたりにシミがぽつぽつと浮き出ているし、肩まで伸びた黒髪はツヤがなくてパサパサしている。(p.8)
日常でちょっと目立つ人がいたら、目を引きますよね。
むらさき色のスカートの女は、その地域では誰もが知っている女性です。
主人公のわたしは、この女性を観察しています。
公園には、この女性の定位置のベンチがあります。彼女以外が座るようなら、主人公はその人をどかしさえします。
主人公はなぜ観察するのか
むらさきのスカートの女の生活が、主人公の視点で明らかになるのですが、一つ疑問が出てきます。
なぜ主人公はこの女性を観察するのか、です。
- むらさき色のスカートを穿く
- 行きつけのパン屋でクリームパンを買う
- 公園の定位置のベンチに座り、パンを食べる
このような平凡な日常を送る女性を見続けるのは、なぜでしょう。
むらさき色のスカートの女にあって、主人公にないものは、誰かに観察されていることです。
主人公は誰からも見られていません。会話の中心にはならず、友人や恋人がいるわけでもありません。
一方、むらさき色のスカートの女は、同僚の噂になったり、上司と恋仲になったり、悪の権化にされたり、子供からちょっかいを掛けられたりします。
誰からも見られない主人公は、むらさきのスカートの女がうらやましいのでしょう。
読者である私は奇妙か
主人公を見ている人は誰もいないと言いましたが、一人だけいます。
読者である私です。
人の生活を観察する主人公を奇妙だと思うなら、その主人公の生活を読む(観察する)私も奇妙なのでしょうか。
ざらりとした感触が残ります。
調べた言葉
しずしず:動きが静かでゆっくりしているさま
のさばる:勝手気ままに振舞う
第161回の芥川賞候補作についてはこちらです。