手のひらで転がされる人間の抵抗
行動を起こすのは、それをしたいからですよね。
その行動が、実は誰かの手の上だったら。
怖いですよね。
この作品には、他人の人生を手のひらで転がす人間が登場します。
他人の人生を、机の上で規定していく。他人の上にそうやって君臨することは、神に似ていると思わんか。(p.128)
主人公は、転がされていると知りながら、与えられた仕事に取り掛かります。
仕事は、掏摸(スリ)です。
うまくいけば助かりますが、失敗したら殺され、逃げたら大切な人が殺されます。
以下に興味がある人におすすめです。
- スリ
- 悪
- 非日常な世界
- 手のひらで転がされる人間の行方
一言あらすじ
スリ師の主人公は、闇社会で生きる男から、到底無理な仕事を依頼される。失敗すれば自分が殺され、逃げたら大切な人が殺される。成功するしかない状況で、主人公は仕事に取り掛かる。
主要人物
- 西村:スリ師
- 木崎:闇社会に生きる男。
- 女:スーパーで子供に万引きさせている
- 子供:女の子供
魅力的にすら見える悪
木崎の悪人ぶりは、胸糞悪さを超えて、もはや美しいです。
悶え苦しむ女を見ながら、笑うのではつまらない。悶え苦しむ女を見ながら、気の毒に思い、可哀そうに思い、彼女の苦しみや彼女を育てた親などにまで想像力を働かせ、同情の涙を流しながら、もっと苦痛を与えるんだ。たまらないぞ、その時の瞬間は!(p.128)
苦しむ人を見て笑う悪人というのは、既視感がありますよね。
しかし、相手に同情して(涙を流して)、苦しみを与え続ける感情は、理解を超えます。木崎が魅力的にすら思えてしまいます。
木崎以上の悪
木崎以上に悪を感じたのは、スーパーで子供に万引きさせていた母親です。
西村が、木崎から依頼された仕事を逃げなかったのは、逃げたらこの母子が殺されるからです。
どうしてそこまで、最近知り合った母子の命にこだわったのでしょう。
この母親は、木崎と違って魅力のかけらもない悪です。
西村が、子を施設に入れたら50万円渡すと言ったときの、母の返答です。
凄い嬉しい。あー、何買おう。ていうか、何で子供とか生まれるんだろ。そう思わない? かわいいの最初だけじゃん(p.161)
救いようがありません。西村が見捨てないのは、子どもの頃に同じ境遇だったのが関係しています。
もしあなたが、失敗したら殺される仕事を与えられて、逃げたら別の人間が死ぬだけなら、逃げ出してしまいませんか。
私は逃げ出すでしょう。
西村が逃げなかったのは、愛なのか、けじめなのか。逃げても無駄だと思ったのか。
手のひらで転がされる人間の抵抗の先に、何があるのか。読んでみてください。
こちらは兄妹編です。『掏摸』が良かったら、こちらもぜひ。