ありがとうを言われたことのないパン屋
主人公と父は、商店街でパン屋を営んでいます。
父がパンを焼き、主人公(娘)が店番です。
ですが客が来ません。
理由は2つあります。
- 商店街からのけ者
- ねずみが出るなどの噂
父はパン屋をたたみ、実家の母(主人公からすると祖母)のもとへ帰ろうと考えています。
そんなとき主人公が、コッペパンを食べた客から「ありがとうございました。おいしくいただきました」と言われ、違和感を抱きます。
長年ここでレジの番をしているけれど、どちらも初めて耳にした言葉だった。(p.195)
ありがとうも、おいしいも、言われたことのないパン屋。
しかもその客は、商店街でパン屋を開業したため、挨拶に来た人でした。
商店街に「パン屋」が2店です。
以下に興味がある人におすすめです。
- 小さなコミュニティ
- (パン屋の娘という)アイデンティティ
- さらりと読めるが、ざらりと残る読後感
一言あらすじ
主人公と父は商店街でパン屋を営んでいるが、客がこない。ある客から「おいしい」と言われ主人公はやる気を出すが、同じ商店街でパン屋を開業した人だった。
主要人物
- 私:主人公。商店街からは「パン屋の娘」で通っている
- 父:私の父。パン屋を営んでいる
パン屋の娘でなくなる
商店街の人たちは、商店街に新しくできたパン屋を「パン屋」と呼びます。
今まで「パン屋の娘」で通っていた主人公は、納得がいきません。
「パン屋さんっていうのは、うちの店のことなのよ」(p.224)
と抵抗しますが、効き目はありません。
商店街からのけ者にされているからです。
「パン屋の娘」でなくなった主人公は、「おばさん」と呼ばれ、アイデンティティが失われます。
小さなコミュニティの怖さが浮き彫りになります。
依存性が強い主人公
主人公は何歳かわかりませんが、祖母は90歳近くです。父は体調を崩すことが多く廃業を考えていることから、60歳を超えていると考えられます。
主人公は30歳は超えているでしょう。
それなのに……
材料の注文の仕方も、パンの焼き方も、組合の入り方も、まだ何も聞いていない。(p.234)
何もできないのです。
商店街の人には、
「おばさんパン焼けんの? 座ってるとこしか見たことないんだけど」(p.225)
と言われます。
そんな主人公が、一人のお客から「ありがとうございました。おいしくいただきました」と言われ、やる気を出します。
とはいえ、やることは、パンに具を挟むだけです。
そんな中、父が倒れてしまいます。
パン屋を廃業するか、父の代わりに働くか。
主人公は依存から抜け出せるのでしょうか。
今村作品特有の、さらりと読めるがざらりと残る作品です。
調べた言葉
断末魔:死ぬ間際