いっちの1000字読書感想文

平成生まれの30代。小説やビジネス書中心に感想を書いてます。

『父と私の桜尾通り商店街』今村夏子(著)の感想【ありがとうを言われたことのないパン屋】

ありがとうを言われたことのないパン屋

 主人公と父は、商店街でパン屋を営んでいます。

 父がパンを焼き、主人公(娘)が店番です。

 ですが客が来ません。

 理由は2つあります。

  • 商店街からのけ者
  • ねずみが出るなどの噂

 父はパン屋をたたみ、実家の母(主人公からすると祖母)のもとへ帰ろうと考えています。

 そんなとき主人公が、コッペパンを食べた客から「ありがとうございました。おいしくいただきました」と言われ、違和感を抱きます。

長年ここでレジの番をしているけれど、どちらも初めて耳にした言葉だった。(p.195)

 ありがとうも、おいしいも、言われたことのないパン屋

 しかもその客は、商店街でパン屋を開業したため、挨拶に来た人でした。

 商店街に「パン屋」が2店です。

 以下に興味がある人におすすめです。

  • 小さなコミュニティ
  • (パン屋の娘という)アイデンティティ
  • さらりと読めるが、ざらりと残る読後感
父と私の桜尾通り商店街

父と私の桜尾通り商店街

 

一言あらすじ

 主人公と父は商店街でパン屋を営んでいるが、客がこない。ある客から「おいしい」と言われ主人公はやる気を出すが、同じ商店街でパン屋を開業した人だった。

 

主要人物

  • 私:主人公。商店街からは「パン屋の娘」で通っている
  • 父:私の父。パン屋を営んでいる

 

パン屋の娘でなくなる

 商店街の人たちは、商店街に新しくできたパン屋を「パン屋」と呼びます。

 今まで「パン屋の娘」で通っていた主人公は、納得がいきません。

「パン屋さんっていうのは、うちの店のことなのよ」(p.224) 

 と抵抗しますが、効き目はありません。

 商店街からのけ者にされているからです。

 「パン屋の娘」でなくなった主人公は、「おばさん」と呼ばれ、アイデンティティが失われます。

 小さなコミュニティの怖さが浮き彫りになります。

 

依存性が強い主人公

 主人公は何歳かわかりませんが、祖母は90歳近くです。父は体調を崩すことが多く廃業を考えていることから、60歳を超えていると考えられます。

 主人公は30歳は超えているでしょう。

 それなのに……

材料の注文の仕方も、パンの焼き方も、組合の入り方も、まだ何も聞いていない。(p.234)

 何もできないのです。

 商店街の人には、

「おばさんパン焼けんの? 座ってるとこしか見たことないんだけど」(p.225)

 と言われます。

  そんな主人公が、一人のお客から「ありがとうございました。おいしくいただきました」と言われ、やる気を出します。

 とはいえ、やることは、パンに具を挟むだけです。

 そんな中、父が倒れてしまいます。

 パン屋を廃業するか、父の代わりに働くか。

 主人公は依存から抜け出せるのでしょうか。

 今村作品特有の、さらりと読めるがざらりと残る作品です。

父と私の桜尾通り商店街

父と私の桜尾通り商店街

 

調べた言葉

断末魔:死ぬ間際