いっちの1000字読書感想文

平成生まれの30代。小説やビジネス書中心に感想を書いてます。

『あひる』今村夏子(著)の感想【口に出してはいけないこと】(河合隼雄物語賞受賞、芥川賞候補)

口に出してはいけないこと

主人公と両親の三人暮らしの家で、あひるを飼うことになりました。

名前は「のりたま

近所の子どもたちがあひるを見に来るので、家が賑わいます。

両親は、家に来る子どもたちのために、お菓子やお茶を出したり、勉強できるよう部屋を使わせたりします。

あひるは慣れない場所に来たからか、徐々に体調を崩します

父が病院へ連れていきますが、病院から戻ったあひるに、主人公は異変を感じます

これはのりたまじゃない。

わたしは隣りに並んで立っていた父と母の顔を見上げた。

「どうしたの?」

父と母の声が揃った。二人とも、不安気な目でわたしを見ていた。

のりたまじゃない、という言葉がのどまで出かかった。本物ののりたまはどこ行った?

でも、何も聞けなかった。

違うあひるに変わってました。

ですが、主人公は何も言えません。言ってはいけないと察したからです。

なぜ、言ってはいけないのでしょうか

解説の西崎憲の例えが分かりやすいです。

父親が子供を銭湯につれていく。元気な子供は湯船につかっているときに、興味深いものを発見して大声で父親に報告する。パパ、あのおじさん、背中に絵が描いてあるよ

子供はそれに言及すべきでないことを知らなかった。それは口に出してはいけないことだった。

あひるが変わったことを、言う必要はないのです。

寂しかった家が、あひるのおかげで賑わいを取り戻し、両親は喜んでいるのですから。

口に出してはいけないことを言うとどうなるか、興味がある人におすすめです。

あひる (角川文庫)

あひる (角川文庫)

  • 作者:今村 夏子
  • 発売日: 2019/01/24
  • メディア: 文庫
 

楽しみを他人に依存しない

20代後半と思われる主人公は、職務経験がありません

それに、資格を取れば仕事が決まると考えています。

両親は主人公に何も言いません。諦めているのでしょう。

あひるが変わったことを主人公に隠すのも、諦めからだと思います。

あひるは家に賑わいをもたらしました。

主人公も、小さいときは両親に可愛がられたのでしょうが、成長して、生活は落ち着きました。

両親は今、あひるを見に来る子どもたちのために一生懸命です。

あひるはマスコットで、交換可能です。

一方、主人公はマスコットではなく、交換不能です。

両親にとっては、交換不能な主人公より、交換可能なあひるに価値があります。

親孝行できない主人公が悪いということではありません。

むしろ、他人に依存してしか楽しみを見出せない両親が可哀そうです。

あひるが交換可能なのではなく、あひるを交換可能にしている両親に恐ろしさを感じます。

あひるを見に来る子どもの世話や、孫の誕生の祈りではなく、自分で楽しみを見つけられたらいいのにと思います。

あひるを見に来る子どもや、孫の誕生は、両親がコントロールできるものではありません。

とはいえ、主人公に「なんでずっと家にいるの?」とも言えません。

あひる (角川文庫)

あひる (角川文庫)

  • 作者:今村 夏子
  • 発売日: 2019/01/24
  • メディア: 文庫