日雇い労働なのは理不尽か
19歳の主人公は、中学卒業以来、日雇い労働で生計を立てています。
港の物流倉庫で荷物を運ぶ、肉体労働です。
毎日仕事に行くわけではなく、金に困ったときに仕方なく行きます。
稼いだ金は、食事や酒、風俗代に消えます。
1万円ほどの家賃を滞納しては、追い出されの繰り返しです。
主人公には、友人も恋人もいません。
なぜなら、
飲みに行っても酔えばつい相手を小馬鹿にしたような失言を発し、それがやがて暴言へ発展して摑み合いとなり、そして最早それっきりになってしまう。
(中略)
精神的には百人の友人よりも、一杯のコップ酒の方がよっぽど心の支えとなるようでもあった。
そんな主人公に、仕事場で初めて親しく話せる相手ができます。
彼は、同い年の専門学生でした。
二人で、飲みに行ったり風俗に行ったりします。
ですが彼に恋人がいるとわかると、
専門学校生に分際で、いっぱし若者気取りの青春を謳歌しやがって。
と愚痴ります。
思い直し、彼の恋人から女の子を紹介してもらおうと、野球を観に行く提案をします。
三人で野球観戦に行きますが、彼とその彼女の会話に、主人公はついていけません。
この二人はまともな両親のいる家庭環境で普通に成長し、普通に学校生活を送って知識と教養を身につけ、そして普通の青春を今まさに過ごし、これからも普通に生きて普通の出会いを繰り返してゆくのであろう。
一方、主人公は小学生のときに、父が性犯罪で捕まり、学校を転々としていました。
主人公は、日雇い労働をしながら愚痴を繰り返す生活を、いつまでも続けるしかないのでしょうか。
理不尽な境遇なのでしょうか。
父が性犯罪で捕まったのは、小学生の主人公にとって理不尽です。
友人とも離れ、性犯罪者の息子であることを、嫌でも直視させられます。
ですが、日雇い労働の今、いつまでも引きずっても仕方ありません。
現状を変えたければ、それに向け努力をするしかないでしょう。
しかし主人公は、理不尽を感じながら、現状を変える努力をしません。
てっとり早く金が貰えるからと、日雇い労働を続けています。
それでいて、普通に生活している人を見下し、愚痴を吐きます。
主人公は日雇い労働から変わらないのに、郵便局に就職した友人を小馬鹿にします。
そんな救いようのない主人公に、どこか人間的な魅力を感じます。
解説で石原慎太郎さんが言います。
人生の底辺を開けっぴろげに開いて晒けだし、そこで呻吟しながらも実はしたたかに生きている人間を自分になぞらえて描いている。それこそが彼の作品のえもいえぬ力であり魅力なのだ。
主人公は、理不尽だと愚痴りながらも、実は自分の生活を変えたいわけではなく、むしろプライドを持って生きているのでしょう。
人生に理不尽さを感じている人におすすめです。
調べた言葉
- 人足(にんそく):力仕事に従事する労働者
- 畢竟(ひっきょう):結局
- 埠頭:港湾で旅客の乗降や貨物の積み卸しをする所
- 愚昧:おろかで物の道理がわからないこと
- 艀(はしけ):停泊中の本船と波止場との間を往復して旅客や貨物を運ぶ小舟
- ほぞを噛む:後悔する
- 骨惜しみ:労苦を嫌がること
- 業腹:非常に腹が立つこと
- 殊(こと)に:特に
- 打擲(ちょうちゃく):人をたたくこと
- 恭順:つつしんで命令などに従うこと
- 器量:顔立ち
- 面魂(つらだましい):強く激しい気性があらわれている顔つき
- 勘気(かんき):目上の人からのとがめ
- 気ぶっせい:気づまりなこと
- 必要悪:悪ではあるが、社会の現状から必要とされているような事項
- 拙速:仕上がりはまずいが仕事が早いこと
- 凄愴(せいそう):悲しくいたましいこと
- 嵩押し:高圧的に押しつけること
- 地金(じがね):(悪い意味での)本性
- 白眼視(はくがんし):冷たい目で見ること
- 傲然(ごうぜん):おごりたかぶるさま