初夏に読みたい短編
夏の匂いや暑い日ざしを感じるので、初夏の時期におすすめです。
ストーリーはシンプルで、芝刈りのアルバイトをする大学生の、バイト最終日の話です。
バイトを辞める理由は、遠距離に住む彼女に手紙で別れを告げられ、金をためる必要がなくなったからです。
金の使いみちがないのなら、使いみちのない金を稼ぐのも無意味なのだ。
主人公はバイトを辞めることを社長に告げますが、丁寧な仕事で評判なので、社長は残念がります。
バイト最終日は、よく晴れた日でした。
主人公は、車で依頼人の家へ向かいます。
僕は車の窓をぜんぶ開けて運転した。都会を離れるにつれて風が涼しくなり、緑が鮮やかになっていった。草いきれと乾いた土の匂いが強くなり、空と雲のさかいめがくっきりとした一本の線になった。
いつものように、丁寧に芝刈りをします。
適当にやろうと思えば適当にやれるし、きちんと思えばいくらでもきちんとやれる。しかしきちんとやったからそれだけ評価されるかというと、そうとは限らない。(中略)かなり僕はきちんとやる。これは性格の問題だ。それからプライドの問題だ。
主人公の仕事に対する姿勢に、好感が持てます。
適当に済ませることもできるのに、性格やプライドが許しません。
きちんとやったから評価されるわけでもないのに……。
村上さんにとっての小説が、主人公にとっての芝刈りなのでしょう。
村上さんの文章が心地よいのは、一文一文を相当吟味しているからだと思います。
夏の日ざしの下での芝刈りや、仕事を丁寧にやることに興味がある人におすすめです。
死のにおいと夏の匂い
主人公の丁寧な仕事ぶりに、依頼人である大柄の中年女性は感心します。
女性からサンドイッチをご馳走になり、仕事の後、家の中を案内されます。
案内されたのは、さっぱりとした女の子の部屋でした。
ただ、
机の上に指を走らせてみると、指がほこりで白くなった。一ヵ月分くらいのほこりだ。カレンダーも六月のものだった。
主人公は、一か月くらい使われてない女の子の部屋を案内されたわけです。
大柄の女性は、部屋の持ち主がどんな女の子か、当ててみるよう言います。
主人公は、部屋や服から想像しますが、別れた恋人の顔が浮かびます。
部屋にある服や下着を見せられたり、ほこりがたまってたりすることから、部屋の持ち主は死んだのでしょう。
では、主人公に手紙で別れを告げた恋人は、生きているのでしょうか。
頭によぎるのは、『ノルウェイの森』で死んだ女の子です。
両者の関連は不明ですが、こちらは死のにおいを夏の匂いが包み込んでいます。
日ざしを浴びながらの芝刈り、庭で食べるサンドイッチや綺麗に刈られた芝生が、夏を感じさせます。
調べた言葉
- 草いきれ:日光に照らされて、草の茂みから生ずる、むっとした熱気
表題作『中国行きのスロウ・ボート』の感想はこちらです。