大事なことを隠すズルさ
「アキちゃん」は、主人公が小学5年生のときの同級生です。
大人になった主人公が、過去を回想する形で、物語は進みます。
わたしはアキちゃんが嫌いだった。
(中略)
これまでの人生において、これほど真剣に誰かを憎んだことはない。
なぜ、そこまで憎むのかという興味が、先を読ませます。
後半、アキちゃんに関する「大事なこと」が明かされます。
気になったのは3点。
- 大事なことを隠すズルさ
- いつの主人公が、どんな理由で語っているか
- そこまでアキちゃんが憎いか
以下、「大事なこと」について書きますので、ご注意ください。
1.大事なことを隠すズルさ
長嶋有さんの選評に、
重要な事項があり、それを終盤まで隠している。作者が、ある効果のためにそのことを恣意的に「手でおさえている」わけだが、僕は創作におけるそういう「手」に対して常に「ズル!」 と思う(選評より)
同感です。
重要な事項が、著者(主人公)にとっては重要でないから最初に書かなかったとしても、ズルいと感じました。
ミスリードを狙ってる書き方をしています。
例えば、主人公がアキちゃんに憎しみを向けるとき、
このアマ――いつぞやこの言葉を知って以来、わたしはしばしばアキちゃんをこう呼んだ
とあります。
心の中で呼ぶなら、「アマ」じゃなくて、「オカマ」とか「男女」とか、男の要素を入れて呼ぶんじゃないでしょうか。
中村文則さんの選評では、
何か事実を明かす時、再読を要求するより読んだ瞬間「あーなるほど!」と読者がなった方がよい(選評より)
私は「あーなるほど!」とはならず、再読しました。
2.いつの主人公が、どんな理由で語っているか
- 主人公が大人になった今、なぜ「アキちゃん」を語るか
- 主人公は、今どんな状況なのか
全くわかりません。
ここに書きとめておくほどでもない。
ここにウソを並べてもしょうがないので正直に書くが――
という記載はありますが、誰に向けて書いているのかはわかりません。
3.そこまでアキちゃんが憎いか
主人公は、「女として」アキちゃんに見てもらえなかったことで憎んでいるのでしょうか。
わたしはアキちゃんに告白をさせたうえで、じぶんも同じ気持ちだと言ってやろうと思った。
主人公には、憎しみの裏に、好きという感情があるようです。
小学5年生の女の子が、「女として好き」と思われなかったことで、大人になった現在まで相手を憎み続けるでしょうか。
それに主人公は、アキちゃんを「このアマ」と呼びますから、主人公も「男として」思っていない部分があります(ですが上記のとおり「このアマ」はミスリードを誘うためのものだと思います)。
アキちゃんがそこにいるから、身を隠しなさい。それから逃げなさい。できるだけ遠くへ、見つからないようにね。たったそれだけで、いったいどのくらいの人が救われることだろう。
大げさだし、アキちゃんがそこまで警戒される存在なのか、疑問でした。
調べた言葉
- いじましい:か弱い
- かいがいしい:きびきびと立ち働くさま
- 歯が浮く:軽薄なお世辞などを聞いて不快な気持ちになる
- おべっか:目上の者の機嫌をとること
- つんざく:激しく突き破る
- 泰然:ゆったりと落ち着いていて動じないさま
- ぬか雨:霧のように細かい雨
- 漫然:はっきりとした目的や意識がなく、なんとなく物事をするさま
- 表象:心に思い浮かべる外界の対象のイメージ
- カルマ:業、行為
- しゃちこばる:体をこわばらせる
- 寓居:仮に住むこと
- 阿(おもね)る:人の機嫌をとって気に入られようとする
- 妄執(もうしゅう):心の迷いから物事に執着すること
- つっかけ:つま先にひっかけるようにして履くもの
- 遊水地:洪水時に川の水をためるのに利用される場所
- かしずく:人に仕えて世話をする
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