いっちの1000字読書感想文

平成生まれの30代。小説やビジネス書中心に感想を書いてます。

『pray human』崔実(著)の感想【話を聞いてくれた人のことは忘れない】(三島賞候補、野間文芸新人賞候補)

話を聞いてくれた人のことは忘れない

27歳の主人公は、精神病院で同室だった「君」に、語ります。

主人公が17歳、「君」が22歳のときに、二人は精神病院で出会いました。

主人公が「君」に語る内容は、

  1. 現在の主人公の話
  2. 同じ精神病院に入院していた「安城さん」に、2年前に会ったときの話
  3. 「君」と一時外出した10年前の話

です。

1.現在の主人公は、誰とも口を利かなくなっています。

2.「安城さん」は、50歳手前です。精神病院を退院後、白血病を患い、別の病院に入院していました。

主人公が芥川賞の候補になったことで、安城さんから連絡があります。

安城さんから、何か話すよう言われた主人公は、語り始めます。

  • 13歳のときの話(同級生に唾を飛ばしたことをきっかけに、親友ができる)
  • 小学6年生のときの話(学習塾の塾長から性的嫌がらせを受ける)
  • 主人公と「安城さん」さんの入院当時の話(患者たちが病院中走り回る)

などです。

13歳のときの親友は、突然死します。

その後、主人公は親友の描いた絵の幻想に飲まれて、精神病院に入院します。

3.「君」と一時外出した公園で、二人は叫び、走って逃げます。

わたしたち、こうやって生きていけたらいいな

そう言ったはずの「君」は、その後自殺未遂をします。

語られる時間軸は、過去と未来で入り組んでいます。

わたしたちを苦しめ、どん底に落とすのものの正体は、いつだって過去と未来だった。

未来の話に、精神病院に入院していた患者が一緒にアパートに住むことがあります。

主人公は、安城さんをアパートに誘いますが、

あんたとは二度と会わない

と言われてしまいます。

安城さんは続けます。

自分の話を聞いてくれた人のことは、絶対に忘れない

(中略)

あんたも、もうあたしのことは一生忘れない。今後、死ぬまで会わなかったとしても、あたしは、あんたの中で生きるんだ

安城さんが、主人公に語りを求めたのは、安城さん自身の生きた証を残そうとしたのかもしれません。

それを踏まえてか、主人公は「君」に語り続けます

語りによって、「君」が主人公にどう思ったかは、わかりません。

現在の「君」は、沈黙したままです。

突然死した親友の言葉に、

人が沈黙している時こそ、最も耳を傾けるべき瞬間なのかもしれないね

があります。

語り終えた主人公は、「君」に耳を傾け、タイトルの「pray」にあるとおり、祈るのかもしれません。

読者である私は、主人公の長く続いた切実な語りを忘れません

主人公が芥川賞の候補になったり、命綱が文学への憧れだったりと、作者とリンクしていることが、現実感を浮き出しています。

pray human

pray human

  • 作者:崔実
  • 発売日: 2020/09/18
  • メディア: Kindle版
 

調べた言葉

  • 御託:くどくどと言うことば
  • 息吹:活動の気配
  • 憮然:呆然とするさま
  • 浅ましい:下品な、いやしい
  • むざむざ:何をなすこともないまま
  • 威風:威厳のある様子
  • 凛々:勇ましいさま
  • 悄然:元気がなく、しょぼしょぼとしたさま
  • 業火(ごうか):身を滅ぼす悪事を火にたとえていう語
  • 人好き:多くの人に好かれること
  • 偏執病:パラノイア、妄想を抱き続ける病気

第33回三島賞の候補作、受賞予想はこちらです。

第42回野間文芸新人賞の候補作、受賞予想はこちらです。