繁栄し衰退した産業の歴史
北海道を舞台に、繁栄・衰退した産業の歴史が描かれます。
描かれる産業は、
- 養蚕
- ミンクの養殖
- ハッカ油の生産
- 馬の装蹄
- レンガ工場
などです。
それぞれが、一つの短編として構成された短編集です。
短編ごとに関連性はありませんが、衰退する産業という共通点があるため、ラストは切なさがあります。
ミンクの養殖の短編
毛皮製品にするために動物を殺すことを、良しとしない人がいます。
主人公が、ミンクの皮のキーホルダーを近所の子どもに渡すと、子どもの祖母は言います。
戦争も終わったってのに、毛皮の為に動物を殺生するなんてろくでなしだ。
近所の子ども経由で、祖母の言葉を聞いた主人公は、子どもに言います。
乳や肉とるのに牛ば飼うのと、毛皮とるのにミンク飼うのと、どこの何が違うっちゅうんだ!
どちらの言い分も正当なだけに、良い悪いを判断できません。
ですが、主人公が子ども相手に怒りをぶつけたために、子どもから仕返しを受けます。
子どもの仕返しが、何ともやるせなく、切ないです。
レンガ工場での短編
過酷極まりない労働が描かれます。
労働の流れは、
- 山中から粘土を掘り、馬を使って作業場に運ぶ
- 直方体の形に整える
- 日光で干すため並べる
- 石炭をくべながら窯で焼く
主人公は真面目で、レンガ工場での仕事を一通り経験したこともあり、若くして現場の責任者になります。
レンガ産業は発展途上のため、受注するレンガの量が増えます。その分、労働者に負担がのしかかります。
主人公と同じ、現場責任者の同僚が言います。
下方は馬みてえに使い潰されるだけだ
下方とは、現場責任者に使われる側の人間です。
責任者は、体を動かす側ではなく、人を使う側、人を使い潰す側です。
使い潰す側にいなきゃ、自分が下方として使い潰されることになるんだぞ。そんな仕組み、俺らじゃ変えられねえ。
過重な労働に耐えられなくなった馬は死に、人も死にます。
主人公には、妻と子どもがいます。仕事を辞めるわけにも、死ぬわけにもいきません。
主人公はつぶやきます。
(子どもに)勉強、させてやらんと。(中略)誰がやっても構わなくて、そんですぐに替えのきくような仕事でなくて。
勉強しなかった人は、替えのきく仕事しかできません。今の時代にも通じることでしょう。
勉強すれば、仕事の選択肢の幅が広がります。
選択肢の幅が広がれば、誰でもできる仕事や、やりたくない仕事を回避することができます。
勉強した主人公の子どもは、北海道の銀行に勤めますが、銀行は経営破綻に陥り、職を失います。
それでも、銀行の職を失った主人公の子どもは、別の道に進みます。
勉強は、人の可能性を広げるシンプルな手段だと感じました。
調べた言葉
- 贖(あがな)う:つぐないをする
- 芳しい:よい香りがするさま
- 口吻(こうふん):口先、くちばし
- 矢も楯もたまらず:あることをしたい気持ちをこらえることができないさま
- 過渡期:古いものに移っていく途中の時代
- 狂瀾(きょうらん):荒れ狂う波
- うそぶく:とぼけて知らないふりをする
- 人品(じんぴん):ひとがら
- 節くれだつ:手や指が骨ばってごつごつする
- 相好(そうごう)を崩す:にこやかな表情になる
- 面映(おもは)ゆい:照れくさい
- 逐電:逃げ去って行動をくらますこと
- 買い叩く:値切れるだけ値切った安値で買う
- 操’(みさお)を立てる:貞操を守り通す
- 暗礁に乗り上げる:思わぬ障害で、物事の進行を妨げられる
- 寒村:さびれた、貧しい村
- 不浄:けがれていること
- 脚気:ビタミンB₁の欠乏から起こる病気。ひどくなると心不全を起こす
- 壊血病:ビタミンCの欠乏から起こる病気。歩行困難などを引き起こす
- 今際(いまわ):死ぬ間際
- 営巣(えいそう):動物が巣をつくること
- 木賃宿(きちんやど):安宿
- 膂力(りょりょく):筋力、腕力
- 胡乱(うろん):怪しく確かでないさま
- 直会(なおらい):神事ののち、供え物をおろして参加者一同が飲食する行事
第33回三島賞の候補作、受賞予想はこちらです。