仕事ができない人を雇い続ける店
感想①はこちらです。
主人公は「いらっしゃいませ」が言えません。注文を取りに行くことも、空いたお皿を下げることも、できません。
普通なら、すぐクビでしょう。
ですが、町の中華料理屋「とんこつ」の大将や息子は、クビにしません。
むしろ、主人公を慰め、励まします。
主人公が「とんこつQ&A」という、店での応対メモを書くようになったとき、接客ができるようになります。
主人公の接客が上達したこともあり、店は繁盛し、もう一人バイトを雇います。
新たに採用したバイトの女性も仕事ができません。ですが、大将や息子は、主人公のときと同様、バイトの女性をクビにしません。
なぜ、仕事ができない人を雇い続けるのでしょう。
大将や息子は、新たなバイトの女性に、亡き妻(母)を見ていました。
大将の妻(息子の母)は、亡くなっていました。
生前は、三人で店を切り盛りしていたのでしょう。
新たなバイトの女性は、亡き妻(母)と同じ、大阪出身だったこともあり、大将と息子は、亡き妻(母)のように振舞ってもらおうとします。
その結果、バイトの女性は、亡き妻(母)の役割が定着します。お客さんから「おかみさん」と呼ばれるようになります。
さらに、
大将とぼっちゃんは、おかみさんのことを「お母さん」と呼び始めた。
バイトの女性は、主人公や客からはおかみさんと呼ばれ、大将や息子(ぼっちゃん)からはお母さんと呼ばれます。どんな気持ちだったのでしょう。
バイトの女性に不穏さが現れている箇所があります。
最近では、突然、意味不明なことを良いながら泣き出したり、大将と二人きりの時に暴れたりすることがあるというけれど、基本的には変わらない
良いこともあります。息子について、
昔は不登校児だったけど、大好きなお母さんから毎日のように『学校行きや』と言われ続けるうちに、いつしか真面目に通うようになっていた。
バイトの女性が、息子の母の役割を果たすことで、息子は不登校を脱し、学校に通います。
仕事のできなかったバイトの女性でも、大将や妻(息子の母)を演じ切ることで、とんこつの生活環境を改善したのです。
大将の妻(息子の母)になれなかった主人公も、とんこつには必要不可欠な存在のようで、
調理も接客も掃除も会計も買い物も、なんでもこなせるオールラウンドプレーヤーやで。
主人公は、とんこつの従業員たち(大将、息子、バイトの女性=おかみさん)に褒められます。
ただ、息子が
結婚したいくらい好き、アッ言っちゃった
と言ったことで、あれ? あやしさを感じました。
べた褒めのセリフは「」ではなく、『』に入っています。
『』内のセリフであることから、従業員の言葉ではなく、「とんこつQ&A」(メモ帳)に書かれた言葉ではないかと思いました。
大将、息子、バイトの女性(おかみさん)で完結するとんこつに、主人公が無理やり自分に居場所を与えようとした結果、「とんこつQ&A」に自分をべた褒めする記載をしたのかもしれません。
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