いっちの1000字読書感想文

平成生まれの30代。小説やビジネス書中心に感想を書いてます。

『ミック・エイヴォリーのアンダーパンツ』乗代雄介(著)の感想【感服しました】

感服しました

乗代さんの何がすごいって、

  1. 高校時代、模試でわざと間違った答えを書き、点数を下げていた
  2. 大学時代、教授から長文メール(あなたの文章に惚れ込んでいますという内容)をもらった

ことです。そんな人がいるのかと、唖然としました。

1について、

高校時代の乗代さんは、一人暮らしをして、ブログを書きたかったそうです。

一人暮らしができ、ブログを書いて過ごせる大学を受験するため、わざと模試の点数を落としていたのです。

良い点を取ると、教員や親から、もっとレベルの高い大学(実家から通える大学)を受験するよう言われてしまい、一人暮らしできなくなるからです。

結果的に、センター利用入試で、決めていた大学に合格します。センター試験で英語9割、日本史8割、国語は一問だけ漢字ミスだったそう……。すごすぎます。

大学時代は、一人暮らしでブログ更新の日々。

そして、担当教授からの長文メール。

乗代さんの作品は、読む人を選びます

例えば、芥川賞候補になった『最高の任務』について、

「泣いた」と言う方が結構いたようです。普段から文学を読んでいる方に多かったです。

私は泣けませんでした。

「泣いた人」と「泣けなかった私」の違いは、『最高の任務』というテキストから受ける感受性です。

私が感じ取れなかった部分を、泣けた人は感じ取ったからこそ、涙を流したのでしょう。

『最高の任務』からは、お涙頂戴もの特有のにおいを感じません。

それだけに、涙を流せるということは、私が感じ取ることのできなかった何かを、この作品から感じ取ったからです。

それが悔しい。私は『最高の任務』を十分堪能したとはいえません。

涙を流したことが作品を堪能することではありませんが、涙を流す人がいる作品に、そう思えなかった自分の感受性の乏しさを、嘆きました。

私は乗代作品の本物の読者にはなれなかったと感じました。

選ばれた読者の一人は、乗代さんの大学時代のゼミの担当教授です。

担当教授は乗代さんにメールを出します。

ゼミでは確かにあなたを「学生だ」と認識しているのですが、文章を読むたびに、単位を与える対象としてのが学生には思えなくなるのです。私は確かに「読者として」読んでしまっているのです。

つまり、乗代さんの文章は、担当教授にとって、学生であることを忘れさせる文章(おそらくプロの文章)だということです。

最大級の誉め言葉。さらに、

ほめても意味がない。ほめた結果、あなたが「文章で食べられるかも知れない」と思ってしまうことも、恐れています。 私はあなたの文章に惚れ込んでいます(そういう表現しか思いつかない)

担当教授からそこまで褒められたメールを受け取った乗代さんが、当時どう思ったのか、本心はわかりません。

ですが、

うれしくないわけではなかったが、本当にうれしいかといえば本当にはうれしくなく、非常に居心地が悪く、しばらくもう二度と読まなかった

手放しで喜んでいるようには見えません。それもまたすごいことです。

私なら、有頂天になってしまいます。それこそ「文章で食べられるかも知れない」と思ってしまうでしょう。

担当教授に見初められた乗代さんでしたが、教授に一言も言うことなく休学したそうです。

ほめられた結果、僕は「文章で食べられるかも知れない」とはまったく思いませんでした。思っていたら、それを望んでいたら、先生にかじりつけば何とかなったでしょうから。 

私は、乗代さんに感服するしかありませんでした。

この作品も読む人を選びます。やはり私は選ばれた読者ではありませんでした。

ミック・エイヴォリーのアンダーパンツ

ミック・エイヴォリーのアンダーパンツ

  • 作者:乗代 雄介
  • 発売日: 2020/07/18
  • メディア: 単行本