いっちの1000字読書感想文

平成生まれの30代。小説やビジネス書中心に感想を書いてます。

『水と礫』藤原無雨(著)の感想【小説の外に広がる世界】(文藝賞受賞、三島賞候補)

小説の外に広がる世界

磯﨑憲一郎さんは選評で、

小説とは、作者の思想信条や問題意識を披露する場ではないし、溜め込んだ苦悩を吐露するための媒体でもない、具体性を積み上げることで自らの外側に広がる世界を照らし出し、作品という形で現前させる言語芸術なのだ

と書いています。そして『水と礫』がそういう小説だと言います。

村田沙耶香さんも選評で、

書かれている言葉だけではなく、「小説の外の世界」を存在させていた

と書いています。

二人とも、小説の外に広がる世界のことを書いています。

本作は、簡単に言うとループものです。

東京から地元に帰ってきた主人公が、らくだに乗って砂漠へ旅に出ます。

なぜ、主人公が砂漠を旅するかというと、

東京から運んできた悲しい水分を蒸発させるため

です。ここでの水分は、タイトルの「水」であり、マイナスの意味の比喩だと考えられます。

主人公は、命からがらで見知らぬ町の住人に助けられ、そこで暮らします。

すると章が終わり、旅に出る前の、東京での生活に戻ります。

それから地元に帰って、砂漠へ旅に出て、見知らぬ町に辿りついて、そこで生活し始めて――と、大枠は同じ流れに沿って物語が進んだところで、章が終わり、再び旅の前に戻ります。

ループするたびに、主人公の一族の歴史が広く語られ、物語に広がりが生まれます

時空を超えて存在する人物がいて興味深いです。

「水」をネガティブな意味だとすると、「礫」は何でしょう。

「水」をネガティブにとらえる一方で、「礫」をポジティブにとらえています。

主人公にとって、潤いがマイナスで乾きがプラスのようです。

体内の比喩的な「水」は、砂漠の旅を終えても乾くことがありませんでした

さらに乾きを求める主人公は、「礫」がはびこる大地に向かいます。

なぜ、主人公はそんなに乾きを求めるのでしょうか。

主人公の腹の底には、

後ろめたさでも後悔でもない、ただ水分としか呼びようのないものが、心の錘(おもり)

としてずっとあると言います。

ただ水分としか呼びようのないものを乾かすために旅をするとは、一体何でしょう。

水は安定をもたらすもの、砂漠や礫は切り開かれるものだと仮定します。

おじいさんになった主人公は、見たものや感じたものを「人生」という言葉でまとめることを否定します

人生なんていうのは、人間がひとりじめする風景のことだ。でもそんなものは無いし、あっちゃいけない

(中略)

人生なんてものはないお前の中には、みんなの風景が詰まってる。みんなの中にも、お前の風景がある

人生が自分ひとりのものではないと言われると、自分の死なんて取るに足らないものだと言われているようです。

主人公は、自分の存在を重く考えすぎないからこそ、全てを捨てて、見知らぬ土地を目指して旅に出られるのかもしれません。

切り開いた風景は、自分だけでなく、後の人間のためにもなると信じているからでしょう。

水と礫

水と礫

  • 作者:藤原無雨
  • 発売日: 2020/11/13
  • メディア: 単行本
 

調べた言葉

  • お仕着せ:制服
  • スーパーハウス:物置
  • 倦む:飽きて嫌になる
  • 階梯(かいてい):階段
  • おとがい:下あご
  • 和毛(にこげ):やわらかな毛
  • 符牒:隠語
  • コケットリー:色っぽさやなまめかしさ
  • 待降節:キリストの降誕を待ち望む期間
  • 楚々(そそ):清らかで美しいさま
  • 改悛:罪や過ちを悔い改め、心を入れかえること
  • 身じろぎ:身体をちょっと動かすこと