いっちの1000字読書感想文

平成生まれの社会人。小説やビジネス書中心に感想を書いてます。

『母影』尾崎世界観(著)の感想【純粋で繊細な言語感覚】(芥川賞候補)

純粋で繊細な言語感覚

主人公は、小学校低学年と思われる女の子です。

女の子の視点で語られるので、文章は柔らかく、読みやすいです。

部屋を区切るカーテンの手前で、主人公は、カーテンに映る影を見ています。

カーテンの向こう側では、母親はマッサージの仕事をしています。

主人公の言葉で言うなら、

またお母さんが知らないおじさんをマッサージして直してる 

です。「直してる」という言葉から、母親はお客さんに「痛いところはありますか?」と聞いているのでしょう。

ここが痛い。お店に来るお客さんは、いつもお母さんにはっきり伝えた

とあります。悪いところを直すのが、母親の仕事です。

ですがある日、お客さんが言った

ここ、あるんでしょ?

に、主人公は「知らないおじさんが探し物をしている」と考えます。

実際は、

  • おじさん:性的なサービスを要求する客
  • 母親:性的なサービスを一度は断るが、受け入れる従業員

です。

主人公は、お客さんの「あるんでしょ?」「ないの?」の言葉から、

おじさんが探してる物をお母さんがかくしてるにちがいない

と心配します。

主人公は、聞こえる言葉を純粋に受け取ります

また、言葉の感覚が繊細です。

例えば、クレーンゲームで欲しかったゾウを取れなかったとき、

もし取れた私より、こうして取れなかった私の方が、あのゾウをもっと大事にできそうだった。

と、主人公は感じます。

繊細さを持ち合わせるからこそ、純粋さゆえの無知は、少し無理があるように感じました

主人公は、男性の股間に何があるかを確かめるため、老人のズボンを下げる行動力があります。

なので、カーテンを挟んだ向こう側で、母親が何やら怪しげなことをしているのであれば、主人公は覗こうとするのではないかと思いました。

ただ、もし主人公が全部を知った上で、自分をだましているのなら、この母子(特に主人公)の悲しみが、より浮かばれる気がします。

ですが、主人公は純粋で無知です。

成長して主人公が無知ではなくなったとき(母親がマッサージの仕事をしながら性的サービスも行っていることを知ったとき)、

  • どのように感じ、
  • どのような行動をするか

が気になりました。

この母子の今後は、子(主人公)がどう変わるかが重要だと思います。

主人公の担任の教員が母親に、

あなたの遅れがどの程度のものであるかも含め、まず第一にしっかり見極めさせていただきたい

と言いながら、性的サービスを求めるシーンには、やるせなさを感じました。

母親の知能がいくら遅れているにしても、母親が性的サービスのあるマッサージ店で働いている間、娘がカーテンを挟んだ隣にいられる状況があるのは、母親も店側もどうかしてるとしか思えません。

知能の遅れがある母と、純粋に受け取り繊細な言語感覚を持っている主人公。

作者がなぜこの作品を書きたかったのかはわかりませんが、母親の、歪んでいながらも確かに存在する愛情を、感じた気がします。

母影

母影