人と違うことをせなあかん
売れない若手芸人である主人公が、同じく売れない芸人の先輩を慕います。
二人が出会ったのは、熱海の花火大会です。ビール瓶のケースで作った簡易な舞台で漫才をしますが、主人公のコンビは全くうけません。
先輩は、
仇とったるわ
とつぶやいて舞台に上がります。
先輩の漫才は、
その人が天国に行くのか地獄に行くのかわかる
で始まり、通行人に向かって指をさしながら、
地獄、地獄、地獄、地獄、地獄
と連呼します。
ですが、幼い女の子が通ったときには、
「楽しい地獄」と優しい声で囁き、「お嬢ちゃん、ごめんね」
と言います。
舞台の後、先輩に誘われて飲みに行った主人公は、
弟子にしてください
と、初めて会った先輩に懇願します。
先輩は了承しますが、
俺の伝記を作って欲しいねん
と言います。
『火花』という作品自体が、主人公視点での「先輩の伝記」と読み取れます。
先輩は、出会ったときから、
人と違うことをせなあかん
と、繰り返し言っています。
だからこそ、先輩が「豊胸したおじさん」になったのは、迷走しつつも人と違うことをしようとした結果だとはいえます。
ですが、主人公の言う、
世の中にはね、性の問題とか社会の中でのジェンダーの問題で悩んでる人が沢山いてはるんです。
は正論です。
巨乳になった先輩は、
これで、テレビ出れると思ってん
と言いますが、実際、テレビに巨乳のおっさんが出てきたら苦情殺到でしょう。
主人公は先輩に、
世間を完全に無視することは出来ないんです。世間を無視することは、人に優しくないことなんです。それは、ほとんど面白くないことと同義なんです。
と追い打ちをかけます。
散々な言われようの先輩ですが、豊胸は「人と違うことをせなあかん」という根幹から生じたもので、軸はぶれていないと感じました。
むしろ、私が先輩の行動で悲しかったのは、
- 主人公の髪型や服装を真似る
- 「売れ始めた主人公と知り合いであること」を彼女に自慢する
の2点です。
先輩は、漫才に対する自分なりの考え方を持っていて、主人公に教え諭すのですが、先輩は売れません。
売れ始めた後輩の服装や髪型を真似することは、「人と違うことをせなあかん」に反しますし、先輩は「売れ始めた主人公と知り合いであることを得意気に話すような人間」ではありませんでした。
『火花』は主人公の視点から描かれる作品なので、長年くすぶっている先輩の心情はわかりませんが、焦りや憤りが積もり積もった上での「豊胸」なのだと推察されます。
先輩は現状を打破したかったはずです。藁をもつかむ気持ちで豊胸しましたが、唯一慕ってくれた主人公からも批判されます。
批判を受けた先輩が、豊胸した胸を切除しないのは、信念なのか意固地なのか、私にはわかりませんでした。
ただ、
垂直に何度も飛び跳ね美しい乳房を揺らし続けている
のは、抵抗でもなく道化でもなく、底抜けに面白さを追求するものであってほしいと思いました。
感想②はこちらです。