選評を読んで
物語の章ごとに登場人物の人称が変わるので、読みにくさがあります。
例えば、1章で「父親」と書かれていた人物が、2章では「男」と書かれています。
章ごとに人称が変わることについて、選評で小山田浩子さんは、
効果よりもわかりづらさが勝ち結果として書き手の作為を強く感じた
と書いています。
一方、又吉直樹さんは選評で、
呼称自体が他者との関係に依存しているため場によって変化もする。社会的な役割を背負わされた人物たちの不確かさを表現しようという試みとして読めた
と書いていますが、私は、作中の人物が「社会的な役割を背負わされた人物」とも、その人物たちの「不確かさを表現しようという試み」とも、読めませんでした。
また、小山田さんは、
設定が当該場面以外で全く書かれていないため、世界を立ち上げるに至っていない。
前半、息子と父親の関係の背景のようだったのに、終盤で突然視点人物となり死に向かいながら作品をまとめにかかる(中略)母親など、構成のバランスもよくない。
と、辛辣ですが、最終候補作の中では最高評価の△をつけたそうです。
小山田さんの言うように設定はその場限りのものが多いので、断片的に物語をつなぎ合わせた印象があります。
ですが、ホワイトウイングスを飛ばす際に飛んでいる間の秒数を数えることと、母の遺骨が雪山でさらさらと空中を流れる間の秒数を数えることは、リンクしているように感じました。そのリンクが物語にどのような効果をもたらしているかは、理解できませんでしたが。
田中慎弥さんの選評が興味深かったです。
頭よさそうで品があって鼻につく。あげくの果てには、タイトルが本文の一番最後にいけずうずうしく埋め込んである
と書いている一方で、
候補作の中では一番読みやすかった。こんな文章は、私には書けない。こういう才能は大きく花開く前に叩き潰しておくに限る、デビューなんかさせたくない、と強く思った。だからこそ、この作品を一番に推した。
とあります。田中さんは、才能の萌芽を見出して、推しています。
本作への選評を読む限り(複数の選考委員から受賞に強く反対する意見が出たそうで)、受賞に値すべきだったのかは疑問ですが、本作に読み心地の良さがあったのは確かです。
特に、父と子がホワイトウイングスを作って河川敷で飛ばす描写や、二人で飛行中の秒数を数える場面は、読んでいて心地良かったです。
とはいえ、文章の読み心地は良くても、物語自体の面白味は感じられなかったです。
また、男性の登場人物が女性からもてすぎており、不必要に感じられる性描写が多く、その部分は読んでいて不快感がありました。これは私の好みの問題なので、仕方ないのだと思います。