自分の人生と照らし合わさずにはいられない
プロボクサーの主人公は、初戦を勝利しましたが、その後は2敗1分けと、負け越しています。
主人公は21歳なので、私としては「まだまだこれから」と思ってしまうのですが、主人公は違います。敗戦後に頭部CTを撮ってもらう際、
ちいさな出血でもみつかってあらたな人生のフェーズに移行したいというきもちが、まったくないとはいいきれなかった。あきらめさせてほしい、というきもち?
と、主人公はどこか、ボクシングを辞めたがっているように見えます。
- 一人のプロボクサーの進退という具体的なことを描きながら、
- 誰にでも共通する人生のフェーズという全体的なことを言い表している
と感じ取れる点が、素晴らしいです。
このままでいいんだろうか、何かきっかけがあれば、別の人生に移る理由にするのに、といった、誰しもが思い当たる感情です。辞めることって難しいです。
いつからなのだろう。日本チャンピオンだった漠然とした自分の夢が、タイトル挑戦になり、十回戦、八回戦、六回戦とじょじょにグレードダウンし、いまでは「次の試合に敗けない」ことに成り下がっている自分に、気がついたのは。
最初は大きな目標を立てるのですが、現実を知って、自分に合った目標まで徐々に落としていく。痛いほどよくわかります。私の目標は何だっただろう。
人間関係。
くそくらえだ。ぼくはボクサーだから、ボクシングでぜんぶかたをつける。勝ちつづけたいなら、感謝が要る。気づかいがいる。心根からの、配慮がいる。だけどぼくは、次が闘えればもうそれでいい。だれも観ていなくても、ボクシング界がどうあろうとどうだっていい。いまはただただ技術と向き合いたい。
主人公のキャラが表れているのはもちろんですが、それを書いている町屋さんのスタンスまで勝手に想像してしまい、作家の魅力につながっています。小説を書く町屋さんも主人公と同じなのではないかと。他にも、
プライドを捨てても毎日練習できるのがプロなんだ
は、毎日書き続けることにつながりますし、私にとっては毎日仕事に行くことにつながります。
試合が近づき、減量が佳境に入っていくと、主人公の思考が目まぐるしく垂れ流しになっていきます。
この部屋でボクサーにならなかったぼくも暮らしている、初戦に敗けてボクサーを辞めちゃったぼくも暮らしている、勝ちつづけて或いは引越ししここにいないぼくすらも暮らしている(中略)そうしてべつの人生を生きることも可能だったぼくの言外に思いを馳せることで、なんとか過去を、いまの自分の感情に接続することができ、それなしでは目の前の状況すらおぼつかないでいる。
精神がおかしくなっているのではと思うほど心情を吐露し続け、試合当日を迎えますが、結果はあっさりと出てしまいます。
考えすぎても結果はそんなもんだよな、でも考えずにはいられないものだよなと、自分の人生と照らし合わずにはいられない作品でした。