いっちの1000字読書感想文

平成生まれの30代。小説やビジネス書中心に感想を書いてます。

『未熟な同感者』乗代雄介(著)の感想【完全な同感者とは】

完全な同感者とは

本作には3つの軸があります。

  1. 主人公である女子大生の生活主にゼミ活動
  2. サリンジャーをはじめとするゼミの文学講義
  3. 講義で参考にする文学の引用

2と3だけでは小説にはならないので、1を書いたという印象があります。

著者が2と3に労力を注いでいると、私が感じたのは、

この太字部分にずいぶん脂を吸い取られているので、わざわざ霞のようなものを味わいたくない読者は、今すぐにでも離席するのがお互いのためだと私は考えている

と、わざわざ書いて、丁寧に読者に忠告しているからです。「太字部分」とは2、3で、「私」とは1の語り手です。

つまり、(小難しい)文学理論と引用元の文学が作品のメインだと先手を打っているわけです。

太字部分以外は、1のことで、

私の思い出話(最後は美人がそうでない者をビンタして終わる

です。

この1の話(最後は美人がそうでない者をビンタして終わる)は、2や3に比べて読みやすく、面白おかしく書かれているのですが、乗代さんの本当に言いたいことは、2や3だと思います。

なぜかというと、

書いた読んだの関係における「完全な同感者」とは、そこに書くという体験の産物すなわち文字しか存在しない限り、作者のことを忘れて「読む」ことで、自動詞の「書く」と同じ強度で体験する者でしかないのだから。

とある点です。

「書く」者と「読む」者が違う以上、完全な同感者にはなれないでしょう。

乗代さんは、作者と読者は分かり合えない、と言いたいのかもしれません。

だからこその「未熟な同感者」。未熟とは、作者(乗代さん)に対する読者(私)とも言い表せるでしょう。

文章を読むことでそれが確かに誰かによって書かれたということをわかる。それは、書かれた文字から空想を経て浮かび上がる物語や印象や感想とは異なるがゆえに、追体験(中略)ではないのだ。

「追体験」=「完全な同感」だとすると、それはできないと言っています。大学の先生の口を借りて話される言葉なので説得力があり、読者としては「それはそうですね」としか言えません。

退役軍人たちは、サリンジャーにとって、現存する唯一の同感者だった。忌まわしい体験について、悲しいかな「あれはそうですね」だけで通じ合え、それについては互いに疑うべくもない「完全な同感者」である。

戦争に行ったサリンジャーは、退役軍人と同じ体験をしています

ですが、サリンジャーが、退役軍人たちと完全に同感していると思っているだけで、最前線で戦っていた戦闘兵は、防諜部隊に属していたサリンジャーと完全に同感していると、本当に思っているのでしょうか

完全な同感者とは、一方がそう思っているだけで、もう一方が同じように思っているとは、限らないのかもしれません。一方的な同感者、言い換えると、未熟な同感者。

乗代さんにとっての完全な同感者は誰なのかを考えずにはいられません。

作品を読み込もうとすればするほど、興味は作者に向いていく

まさにそうです。この作品が、乗代雄介さんが書いているから、また、町屋良平さんや保坂和志さんが評価しているから私は読んでいるわけで、そうでなければ放り投げているでしょう。それほど難しいし、読みごたえがあります。人には勧められません。

本物の読書家

本物の読書家

  • 作者:乗代 雄介
  • 発売日: 2017/11/24
  • メディア: 単行本
 

調べた言葉

  • おもねる:人の機嫌をとって気に入られようとする
  • ほだされる:情に引かれて気持ちや行動が束縛される
  • 粗野(そや):言動などが洗練されていなく荒々しいこと

再読したときの感想はこちらです。