小説を書く楽しさ
著者の根本さんは、小説を書く楽しさや醍醐味を、3つにまとめています。
- 小説を書くこと、読むことの面白さが増す
- 過去のある一点から、自分の人生を生き直すことができる
- 自分が世界そのものなんだ、世界と一体なんだという感覚に目覚めていく
1について、根本さんは、
書けば書くほど面白くなってきますし、読むときも、より深く小説を味わえるようになります。
(中略)
ものの見方、考え方に深みが出てきて、生きていること自体が楽しくなってくるのです。
と言います。
小説の読み方には「著者の読み方」があると、根本さんは紹介しています。
面白いか、つまらないかではなく、その小説を書いた作家の立場になって読むのです。作者はなぜここでこの一行を書いたのか。なぜこういうタイトルにしたのか。書き出しをこのようにした意味はと、作家側に立ってじっくり想像してみる。
(中略)
難しい文体にしたのはどういう意図からか、なぜ改行をほとんど入れていないのかも、自分の想像でいいから考えてみましょう。
小説を書くことで、書き手側の立場で小説を読めるようになるのでしょう。
2(自分の人生を生き直すことができる)について、根本さんは、作家の森敦さんの言葉を紹介しています。
単に過去を振り返るのは「回想」である。小説を書くことは単なる回想ではなく、過去のある一点からもう一度生き直すことだ
これは、過去のある一点を書くときに生じる、
- 当時の思い
- 今、書いているときの思い
が違っているからこそ、「生き直す」につながるのでしょう。
3(自分が世界そのものなんだ、世界と一体なんだという感覚)について、
書くことで、ふだん自分が当たり前だと思っている常識的な世界に揺さぶりがかかり、新しい世界が開けてくるのです。そこで見えてきた「真実」のようなものを、ほんのひとかけらでもいいからつかまえ、言葉で表現できたときに、人は小説を書く醍醐味を知るのでしょう。
書くことで、今まで経験したことのない新しい境地にたどり着けるのだとしたら、書いてみようという気になります。
本作では、作品解説として、小川洋子さんや綿矢りささんなどの作品を取り上げ、根本さんが解説します。
その中で、村上春樹さんの『海辺のカフカ』の解説に驚きました。
主要な登場人物について、この人がモチーフなのではないかと、読み解いているからです。モチーフとされる人物とは、
- 神戸児童連続殺傷事件の少年A
- ノーベル文学賞を受賞した大江健三郎
- 元マリナーズのイチロー
です。
村上春樹さんがそのようなモチーフで書いているかは不明ですが、根本さんの解説を読んでいると、確かにそうも捉えられると、納得せざるを得ません。
根本さんは「いい小説」を、
再読に値するような構造や仕掛けを持った作品
だと言います。
再読に値するという点では、私は『海辺のカフカ』を3回以上は読んでいます。
ですが、根本さんのような、モチーフとなる人物を捉えることはできませんでした(モチーフが正しいかどうかは別として)。
まだまだ、読み(柔軟な発想)が甘いのだと気づきました。
一方で、
小説家というのは、社会への適応能力がありながら、その実きわめて感受性が強く、内面に葛藤を抱きながらも社会生活に努めて適応している人たち
というのに、胸がすく思いがありました。