新宿二丁目の女性専用バー
「ポラリス」とは、新宿二丁目にある、女性専用のバーです。
バーに集まるのは、主にレズビアンの女性たち。
本作は、店主やバイト、客の、7人が語り手となります。
本作で特に良いと感じたのは、
- 同じ言葉が、後になって別の意味も持ち合わせること
- 遺伝子を残すことの考え方
- ポラリスという場
です。
1.同じ言葉が、後になって別の意味も持ち合わせること
ポラリスの店主が、店を開く前に、初めて新宿二丁目を訪れたとき、女性向けバーの店長に言われます。
世界を、そして自分自身を変える力がなくても、私達はずっとここにいるの。常に複数形で、いるのよ
ポラリスの店主に響いた言葉でしたが、バーの店長が亡くなったとき、同じ言葉が別の意味を持ちます。
いなくなっても、ここには「私達」がいる。誰がいなくなっても、ここには誰かがいる。複数形は、つまり代替可能ということ。しかし、単数形としての生と歴史も、きちんと覚えられているべきではないか
複数形という同じ言葉を、一方では「仲間」や「共同体」、もう一方では「代替可能」と表しているところが、すごいと感じました。
どちらか一方の意味ではなく、両者は互いに共存するのだと思います。「バーの店長」は代替可能ですが、「バーの店長の○○さん」は代替不可能です。
誰かが代替することで、全体の継続は可能です。ただ、全体を構成していた一部が誰でも良かったというわけではありません。
ポラリスの店主は、亡くなったバーの店長を、単数形として覚えているはずです。
2.遺伝子を残すことの考え方
ある月刊誌の記事に、
LGBTの人達は子供を作らない、つまり生産性がないから、彼等に税金を使うべきではない
という文章が掲載され、それを書いた国会議員にバッシングがありました。
ポラリスでバイトしている女性は、デモに参加し演説を行いました。演説に対するヘイトスピーチで、女性は気が滅入ってしまいました。
女性は、ポラリスの店主に相談すると、
記憶は負担でもあり、心の支えでもあるの
と言われます。
人間が紡いだ記憶と、生きた時間は、いずれ歴史になり、次の時代の下支えになる。自分が子供なんて作らなくても、自分の遺伝子なんて後世に残さなくても、自分が刻んだ命の軌跡は人間の営みと共に、連綿と受け継がれていく。
これは、「LGBTの人達は子供を作らない、つまり生産性がない」という国会議員の記事への、一つのアンサーだと思います。人間が生きている限り、その人が生きているだけで、次の時代を作る土台になっているのだから、生産性はあるということでしょう。
私としては、生産性がなくても、自分で命の軌跡を刻めなくても、生きているだけでいいと思いたいです。綺麗ごとかもしれませんが。
3.ポラリスという場
あとがきに作者が登場し、ポラリスを訪れます。
実際に新宿二丁目にあるバーなんだ、と私は思いました。
ですが、
このあとがきもまた小説の一部です
とあります。調べてみると、ポラリスは現実にはない、架空のバーでした。
行ってみたい(私は男性なので入れませんが)という思いを打ち砕かれたと同時に、李さんの魅力的な場を創造する力に圧倒されました。
調べた言葉
- 肩をすくめる:やれやれという気持ちや落胆した気持ちを表す
- 流転(るてん):移り変わってやむことがないこと
- 天色(あまいろ):晴天の鮮やかな青色
- 生娘(きむすめ):世間慣れしていない、うぶな女性
- 博覧強記:古今東西の書物を見て、物事をよく覚えていること
- 煉獄:カトリックで、死者の霊魂が天国に入る前に、火によって罪を浄化するとされる場所