従弟と従姉の生き方
24歳の主人公は、2歳年上の従姉に、長文の手紙を出します。
作品全体が主人公の手紙で構成されているので、長い手紙です。
長文の理由を、主人公は、
僕は貴方との数少ない思い出を絞って一滴残らず文字に変え、その冷たい艶を潤滑油に、僕を磔にしている釘を一本ずつ引き抜こうとしている
と書いていますので、自己療養の手段とも言えます。
乗代さんの作品特有で、時間軸が3つに分けられています。
- 従姉との幼少時の思い出から9年前まで
- 従姉との再会(1年前)
- 手紙を書いている現在
1.従姉との幼少時の思い出から9年前までは、
- 従姉と一緒に絵本を読んだこと
- アイドル活動していた15歳の従姉のDVDと、告白の手紙を貰ったこと
などです。
2.従姉との再会(1年前)は、2人の子供を産んでシングルマザーになった従姉との、
官能的かつ屈辱的でひどく暑かった日
です。
3.手紙を書いている現在は、主人公が従姉との思い出を回想し、未来を空想しながら、手紙を書いている今です。
手紙の中で、主人公は従姉に問いかけます。
なぜ貴方は、従姉ではなく一人の女として、僕の前に現れた?
9年ぶりに従姉と再会したときに思ったのではありません。そのときは、
歓びや興奮にかき乱されて、疑問や反省状に突起してはいなかった
からです。手紙を書いている現在に思い返して、
従弟の身には余るような表情を、どうして見せるのか
と、主人公が従姉に感じたことです。
従姉は、かつて主人公に好意を抱いていました。
9年ぶりに再会したときに、従姉の、
子供の頃に好きだったものって、好きなまんまだよ
という発言から、今も主人公に好意を持っていることは推察されます。そうでなければ、9年ぶりに会うことなどないでしょう。
好意がなければ、二人で山に登り、人目を避け、情事にふけることもありません。ですがそれは、何かの物音によって、中止を余儀なくされました。
僕はもはや貴方と結ばれようという高望みはしてない。今の望みは、この手紙を貴方が時を置かずに読んで、今僕に訪れているこの一種清々しい終末の気分が僕から消えないうちに、貴方もそれを味わうことだ。あの時、僕たちをすんでの所で止めたのは、これを書いている僕だけでなく、読んでいる貴方でもあったと、ともに信じること。本当にそれだけなんだ。
主人公は、従姉と結ばれたい望みを捨てています。従姉も主人公が好きでいるなら、どうして望みを捨てるのだろうと思ってしまいますが、従姉の主人公への好意が、祖母の言いなりの可能性が生じたからだと考えられます。
押しの強い祖母の言うままに女を演じて従姉をたぶらかした貴方が、すんでのところで我に返ったという話なら僕は御免だ。
とはいえ、
- 主人公が、従姉に長い手紙を書く理由
- 主人公が、従姉と結ばれるのを一方的に諦める理由
は、書かれてはいるのですが、いまいちピンときませんでした。
主人公は、手紙を3日以内に従姉に読ませたがっているようで、長い手紙をしたためることや、好意を持っている相手からの手紙であれば長文であっても読むだろうという押し付けは、主人公の生き方の問題かもしれません。
同様に、従姉が祖母の言いなりで主人公をたぶらかしていたとしても、従姉の生き方の問題でしょう。生き方の問題で片づけていいかどうかは別の問題として。
わかったようなわからないような、しかしただならぬことが書かれている雰囲気を身にまとっている本作は、乗代さんの文章表現のなせる業だと思います。
調べた言葉
- 上げ膳:何もせず座ったまま食事を提供されること
- 早々:間もなく
- 陰険:誠実そうに装いながら、心の内に悪意を抱いているさま
- 乙にすます:普通とは違って妙なさま
- 果(おお)せる:動作をやり遂げることができる
- 誂え向き:希望していたとおりであること
- 惹句:キャッチフレーズ
- ふくふく:やわらかくふくれたさま
- 偏執(へんしゅう):偏った考えにとらわれて、他人の意見を受け入れないこと
- 美辞麗句:うわべを美しく飾った文句
- 然(しか)して:そうして
- 万感:いろいろな感情
- 衒学的:学問のあることをひけらかすさま
- 韜晦:目立たないようにつつみかくすこと
- はねっかえり:軽はずみでつつしみのない娘
- 禁じ得ない:せずにはいられない
表題作『最高の任務』の感想はこちらです。