実の中に咲く花
無花果(いちじく)のジャムが入ったカレーライスは、主人公の母が作っていた料理です。
カレーには無花果のジャムがいいのよとつぶやく。そうすれば、味がまろむから。
主人公の母は、小学生の主人公に暴力をふるっていました。
主人公は、母との出来事を、面白おかしく四コマ漫画にしましたが、漫画が学校で広まり、母の暴力が明るみになります。
母は、病院に入院することになりました。精神的な病気でしょう。
小学校の出来事と並行して描かれるのは、もうすぐ30歳になる主人公とその友人です。
友人のボロアパートに、主人公は誘われていました。
主人公は、無花果の花に、自分を重ねています。
咲いてはみるが、やがて落ちるでもなく腐るでもなく、無花果として飲み込まれてしまう。花も実も種も区別がつかなくなり、一緒くたになって熟れていく。抵抗しても、抵抗しても、そこから逃れられない。
無花果の花は、実の中に咲きます。熟したら花は見えなくなるそうです。
主人公は何かに抵抗しているようですが、逃げることはできないと、わかっています。
なるべく人に優しくして、人生に努力して、誰かを好きになって守ってやろうなどと考えて、少しだけ夢を見て、その結果三十近くになって気がつけば、自分はここにいた。
主人公は結婚して、離婚しました。
勤めていた会社を辞め、フリーライターをしています。
一人で2LDKの部屋に住み続けています。
母親とは、小学校以来、会っていません。
その母親に電話番号を教えていいかと、主人公は友人から聞かれます。
友人の母親あてに、主人公の母親が連絡したそうです。
それを知った友人が、直接主人公に、電話番号を教えていいか、確認しています。
主人公は友人に、母親の居場所を聞き、電話番号が知りたい理由を探ります。
友人にはわかりません。
主人公は、自分の電話番号を母親に伝えておいてほしい旨を、友人にメールします。
腐れた縁の中に搦め取られ、やがて身動きも取れなくなってゆくだろうに。わかっているくせに、つまらぬ期待が捨てきれない。虚しい期待から離れられない。
無花果は母、無花果の花が主人公でしょう。
では、つまらぬ期待と虚しい期待とは何でしょうか。
母親との和解、共存だと思いました。
もし母が家に来たら、この部屋に泊めようとおかしなことを想像していた。
主人公が住み続けている2LDKの部屋に、母親と一緒に住むことが、つまらぬ期待であり、虚しい期待なのかもしれません。
二十年近く様々なカレーを口にしてきたが、美味いカレーには出会っても、好きなカレーを口にした記憶はない。
主人公は、母親の作る無花果カレーライスを食べられるかもしれません。
一方で、主人公には、母親をいじめたい欲求が湧き上がっています。
泣かせたいし、なじりたいし、ハッキョーもさせたくなった。
主人公は、母親をおかしくさせた要因でもあるでしょう。
主人公と母親が一緒に住んでも、明るい展望は見えませんでした。
ですが、愛憎した人しか覚えていられない主人公にとって、母親との再会は、新たな記憶の構築になるに違いありません。