心強いシングルマザー
主人公の母の車の運転は、いつも猛スピードです。
主人公は小学5年生の男の子で、母と二人、北海道で暮らしています。
北海道の南岸沿いの小都市だが、背後を背の低い山が囲んでいた。だから海から流れてくる雲が停滞しやすいのだといつか先生が教えてくれた。
近くの市には、主人公の祖父母が住んでいますが、母子は公団住宅に当選したので、祖父母と離れて暮らしています。
ある日、主人公は、母から「結婚するかもしれないから」と言われます。以前にも、母から男性を紹介されることは何度かありました。
二度、三度重ねて会うのはまれで、大抵の男性は一度紹介されるきりだった。
- シングルマザー
- 貧乏
- 新たな男性を紹介される
主人公にとって、あまり良い家庭環境ではありません。
主人公の母は、保護者参観に顔を出したことがなく、担任の先生は、心配の手紙を寄こします。
ある日、学校の合奏会に母がやって来たとき、恋人らしき男性を連れてきました。
男性は、主人公に「将来なにになりたいんだ」と聞きます。
「漫画家」いってはみたが、本当にそうなのか自分でもよく分からない。
とりあえず言ってみたけどよく分からないという感覚、理解できます。
母もかつて、漫画家を目指していたことが発覚します。
主人公が、どうして漫画家にならなかったのかを聞くと、母は「反対されたから」と言います。
「私が反対を押し切ってまでしたのは、結婚してあんたを産んだことだけだ」といった。
母は、漫画家になるのも結婚するのも両親に反対されたのでしょう。母は主人公に言います。
「あんたはなんでもやりな。私はなにも反対しないから」
何でもないことのように、からっと言える母が、格好いいです。
母の存在によって、貧しい家庭環境ながら、作品に暗い雰囲気がまとっていません。
「若いときは、こんなふうに可能性がね。右にいってもいい、左にいってもいいって、広がっているんだ」
(中略)
「それが、こんなふうにどんどん狭まってくる」とつづけた。
「なんで」
「なんででも」
大人になるにつれ、可能性が狭まってくるのはなぜでしょうか。
自分の能力に見合う場所に行きつくからだと思いました。
漫画家を夢見るだけでは、お金はもらえません。お金がなければ、生活できません。
母はきっと、漫画を描く才能はなかったのでしょう。
結婚も向いていなかったのでしょう。
だから両親に反対されたのです。
母は漫画家を諦め、離婚をし、ガソリンスタンドや保育所や役所で働き、主人公を育てます。
母の子育てがちゃんとしているかというと、いい加減な部分があり、例えば主人公を祖母に預け、男性とデートに出かけたりします。
それでも、母は主人公のピンチのときには、危険を顧みずに助けます。母は公団住宅の4階まで梯子を登り、他の部屋のベランダをつたって、部屋に入ります。
母は、主人公がいじめられているのを知っていますが何も言いません。主人公も、母や先生に相談しません。
母は主人公に、祖父が寂しがるからと、祖父の家への引っ越しを提案します。
「うん。いいよ」
「今度の学校も馬鹿がいないとは限らないよ」
母の引っ越しの提案は、祖父が寂しがるという体をとった、主人公へのいじめの心配によるものだったのかもしれません。
いくらでも暗くできる話を、暗い気持ちにさせることなく、むしろ前途が開けているように描かれている作品でした。