いっちの1000字読書感想文

平成生まれの30代。小説やビジネス書中心に感想を書いてます。

『MISSING 失われているもの』村上龍(著)の感想①【私小説的小説】

私小説的小説

金原ひとみさんが、

  • 文藝 2022年秋季号』の
  • 私小説的小説10

で本書を選んでいたので、私小説に近い小説として読みました。

実際、私小説に近いと感じました。例えば、

  • 主人公が、佐世保市出身の小説家
  • 章のタイトルに「ブルー」があり、デビュー前のことが記載(デビュー作『限りなく透明に近いブルー』から取ったものだと思われます)

私小説に近い作品だとして、小説のタイトルが、『MISSING 失われているもの』とはどういう意味か、気になりました

探そうとしているのは、ミッシングそのものなんだ何かが失われている

曖昧とした世界で、主人公が自問します。

作品全体が、主人公の脳内で展開されているとも言えます。

今主人公がどこにいて、誰といるのか、つかめなくなります。

夢なのか幻想なのか、わかりません。わからなくても読めてしまうのは、村上さんの力量です。

失われているものとは、一体何なのでしょうか

人生は、あるときから、確実に変化する。それまでに得てきたもの、ともに生きてきたものを、少しずつ、または一挙に、失うようになる。その変化は、決して逆行することがない

失われるものは、

  • それまでに得てきたもの
  • ともに生きてきたもの

と書かれています。

  • それまでに得たきたものを「経験」
  • ともに生きてきたものを「(人や物との)関係」
  • すべて包括して「記憶」

と、私は捉えました。

本書では、

  • 主人公の幼少期の経験
  • 父母や犬、かつて交流のあった女優との関係

が描かれます。

その変化は、決して逆行することがない

とあるとおり、得てきたもの(経験)やともに生きてきたもの(関係)を取り戻すことはできません。

母や女優の語りは、実際には話されていなく、主人公の記憶により表現されているところもあります。

記憶として強く刻まれ、決して消えることがないのは、残像となった、失われたものの記憶だ正確には「失われたもの」ではない残像が存在しているので、それは常に「失われている」という現在形になる。

失われている状態を、失った状態に戻すことはできません。

取り戻すことができないとすると、本書は、失われているもの(記憶)を残像から解釈していると、私は結論付けました。

残像を表現しているだけではなく、残像から記憶を解釈しているように感じます。

本書が私小説だとすると、主人公の記憶を解釈しているというより、村上龍という人間を解釈していると言えるでしょう。

作品を書いているとき以外、記憶は、不安や恐怖や感傷や絶望と同義語だ失われているものだけを浮かび上がらせる

主人公は、心療内科にかかっています。記憶と同義語である、不安や恐怖や感傷や絶望が原因でしょう。

心療内科医は主人公に言います。

あなたは、自分が、精神的な不安定さを受け入れることができるというだけではなく、精神的に不安定な自分だけが本当の自分だということも、わかっているはずです

精神的な不安定さは、主人公が作品を書く上で必要なのでしょう。

作品を書いているときだけは、記憶は主人公の力になってくれます。

主人公にとって失われているものを浮かび上がらせ、解釈したのが本作です。 

感想②はこちらです。