いっちの1000字読書感想文

平成生まれの30代。小説やビジネス書中心に感想を書いてます。

『終わった人』内館牧子(著)の感想【終わらないためにどうするか】

終わらないためにどうするか

退職したら何をするか。

主人公は63歳で定年退職しました会社勤めが「終わった人」です

妻は美容院で働いています。

子どもは家を出て、家庭を持っています。

主人公には、やるべきことがありません

やることがなくなってみると、パソコンでもできる囲碁や将棋とか、競馬や競輪とか、何でもいいからとにかく一人でできて、「時間のかかる趣味」を持っているべきだったと思う

ドライブや旅も特に好きではない。孫は会えば可愛いが、別に遊びたいとは思わない。仕事が一番好きだった

主人公は、自分が「終わった人」だと認識しながらも、仕事をしたがっています。

趣味では生きられない人間です。

俺が何よりも望んでいたのは、社会で必要とされ、仕事で戦うことだった

主人公は

  • 東大法学部卒業
  • メガバンク勤務
  • 子会社に出向、転籍

と、最終的に出世街道から外れましたが、業界では顔が利く人です。

まだまだ働ける力はあります。

しかし、働ける場所がありません。

終わりたくないのに終わった人が、終わらないためにどうすればいいのでしょうか

  1. 再就職
  2. 学問研究

の2択だと思いました。

まず、再就職でしょう。

主人公は、再就職のため、ハローワークで見つけた求人に応募しますが、応募先の企業に面接で断られてしまいます。

東大法学部卒の人間がやるべき仕事ではないという理由で、企業からお祈りされます。

仕事以外には、勉強や研究に励むのも良いでしょう。

主人公は定年後、文学研究のため大学院入学を志しますが、就職先が決まったので、大学院には行きませんでした。

就職先はIT企業、スポーツジムで知り合った社長の会社です。

主人公の今までの経歴を買われ、顧問として就任しました。

週3日の勤務で年俸800万円は、主人公の経歴あってのものです。

俺には背骨として「仕事」が必要なのだ。それがあれば誇りとなる

退職により、終わりたくないのに終わった人が、終わらないようにするには、仕事しかないと感じました。

私は定年まで約30年の現役世代ですが、自分の背骨が仕事だと思ったことはありません。

ただ、仕事を退職したら、「仕事は背骨だった」と思うかもしれません。

仕事はあって当たり前なので、なくなったら、主人公のような行き場のなさを感じる可能性はあります。

では、現役のうちに何をしておけばよいのでしょうか。

植木屋とか建具職人とか、特殊な技術を身につけている者は幸せだ。トコロテン式に定年退職させられることもなく、年齢と共に円熟の域に入ったりする。そして、技術と体力が確かなうちは続けられる

仕事でいうと、年齢に定年退職させられない職業に就くことでしょう。

辞め時を自分で決められれば、「終わった人」ではなく、「終えた人」として仕事を辞めることができます。

人は死ぬまで、誇りを持って生きられる道を見つけるべき

と主人公は言います。

主人公にとって、「誇りを持って生きられる道」は仕事でした。

自分が誇りを持って生きられれば、仕事である必要はないでしょう。

主夫(婦)でも、無職でも、生活保護でも。

私の場合、例えばブログは誇りを持てるものなのか、考えました。

他人の作品について感想を書くことに、誇りを持てるのでしょうか。持って良いものなのでしょうか。

他人のふんどし、が頭をよぎります。

いくらつまらない作品だとしても、作品を創作した人に敬意があります。

作品がなければ感想は生まれません。感想は作品あってのものです。

「終わった人」にならないために、年齢制限のない「誇りを持って生きられる道」を見つけたいです。