なぜAV女優にならないのか
「グレイスレス」の言葉の意味がわかりませんでした。
辞書では、
- 品のない
- 見苦しい
- 恐れのない
- 不快な
など、多様な意味が書かれていました。
作中に「グレイスレス」という言葉は出てきません。
主人公は、AV業界で化粧の仕事をしている女性です。
主人公は、森の中にある西洋建築の家に、祖母と住んでいます。
- AV業界の仕事
- 祖母との生活
が描かれます。
祖母との生活を読んでいるのは退屈でした。
森の中で住む静謐な生活は、目まぐるしく変わるAV業界の対比に感じますが、不要です。他の作家も書いているような、既視感があります。
ですが、AV業界の仕事の場面は新鮮です。鈴木さんにしか書けないでしょう。
その著者だからこそ書ける強みを読みたいです。
少なくとも私は二つ問い続ける。(中略)どうして鏡の前の椅子の後ろに立っているのかと、どうしてその椅子に座らないのか。
2つの問いは、
- どうして鏡の前の椅子の後ろに立っているのか:なぜAV業界で化粧の仕事をしているのか
- どうしてその椅子に座らないのか:なぜAV女優にならないのか
1の問いには、
彼女たちの愚かしく美しい顔を、より美しく整えて、より愚かに壊してみたいという執着が私の手先に育まれていった
ことが関係していると思われます。
2の問いが出るということは、主人公に女優のオファーがあったのでしょう。
ですが、主人公はAVに出演していません。
なぜでしょうか。
化粧師の私は粘膜が弱くてひどい乾燥肌なのであって、女優になる気はなかった。
体質によっては、女優になる気もあったのかもしれません。
少なくとも今は、化粧の仕事があるので、AVに出演する必要はありません。
2つの問いの答えは、
- なぜAV業界で化粧の仕事をしているのか:愚かしく美しい顔を、より美しく整えて、より愚かに壊してみたいという執着
- なぜAV女優にならないのか:粘膜が弱くてひどい乾燥肌
一見、問いへの答えは出ているように思えます。
それでも主人公は問い続けていることから、問いへの答えは暫定的だと言えます。
主人公は、AV女優の引退作で、化粧の仕事を引き受けます。
他の仕事を次々にキャンセルしていきます。
また気が向いたらいつでもやるよ
という気持ちで、仕事を辞めました。
AV業界で化粧の仕事をしている理由(愚かしく美しい顔を、より美しく整えて、より愚かに壊してみたいという執着)が、辞めることにも当てはまっています。
主人公は、化粧師として順調なキャリアを築いていたように思えます。
しかしそのキャリアを、仕事を一方的にキャンセルする行為で、愚かに壊しています。
仕事を辞めても実力があれば、また仕事に復帰できるでしょう。主人公には可能です。
子宮頸がんで引退するAV女優は、そうはいきません。
女優ではなく化粧師という裏方の仕事を選んだ主人公は、したたかです。
手に職がある強みです。
では、タイトル「グレイスレス」は、何(誰)にかかる言葉なのでしょうか。
AV業界にも主人公にも、グレイスレスを感じませんでした。
唯一感じたのは、主人公の母です。
- 長文のメールを送りつける
- 一方的に話して、主人公に返答の余地を与えない
品がなくて不快な登場人物でした。