いっちの1000字読書感想文

平成生まれの社会人。小説やビジネス書中心に感想を書いてます。

『グレイスレス』鈴木涼美(著)の感想【なぜAV女優にならないのか】(芥川賞候補)

なぜAV女優にならないのか

「グレイスレス」の言葉の意味がわかりませんでした。

辞書では、

  • 品のない
  • 見苦しい
  • 恐れのない
  • 不快な

など、多様な意味が書かれていました。

作中に「グレイスレス」という言葉は出てきません。

主人公は、AV業界で化粧の仕事をしている女性です

主人公は、森の中にある西洋建築の家に、祖母と住んでいます。

  • AV業界の仕事
  • 祖母との生活

が描かれます。

祖母との生活を読んでいるのは退屈でした。

森の中で住む静謐な生活は、目まぐるしく変わるAV業界の対比に感じますが、不要です。他の作家も書いているような、既視感があります。

ですが、AV業界の仕事の場面は新鮮です。鈴木さんにしか書けないでしょう。

その著者だからこそ書ける強みを読みたいです。

少なくとも私は二つ問い続ける。(中略)どうして鏡の前の椅子の後ろに立っているのかと、どうしてその椅子に座らないのか

2つの問いは、

  1. どうして鏡の前の椅子の後ろに立っているのか:なぜAV業界で化粧の仕事をしているのか
  2. どうしてその椅子に座らないのか:なぜAV女優にならないのか

1の問いには、

彼女たちの愚かしく美しい顔を、より美しく整えて、より愚かに壊してみたいという執着が私の手先に育まれていった

ことが関係していると思われます。

2の問いが出るということは、主人公に女優のオファーがあったのでしょう。

ですが、主人公はAVに出演していません。

なぜでしょうか。

化粧師の私は粘膜が弱くてひどい乾燥肌なのであって、女優になる気はなかった

体質によっては、女優になる気もあったのかもしれません。

少なくとも今は、化粧の仕事があるので、AVに出演する必要はありません。

2つの問いの答えは、

  • なぜAV業界で化粧の仕事をしているのか:愚かしく美しい顔を、より美しく整えて、より愚かに壊してみたいという執着
  • なぜAV女優にならないのか:粘膜が弱くてひどい乾燥肌

一見、問いへの答えは出ているように思えます。

それでも主人公は問い続けていることから、問いへの答えは暫定的だと言えます。

主人公は、AV女優の引退作で、化粧の仕事を引き受けます。

他の仕事を次々にキャンセルしていきます。

また気が向いたらいつでもやるよ

という気持ちで、仕事を辞めました。

AV業界で化粧の仕事をしている理由(愚かしく美しい顔を、より美しく整えて、より愚かに壊してみたいという執着)が、辞めることにも当てはまっています。

主人公は、化粧師として順調なキャリアを築いていたように思えます。

しかしそのキャリアを、仕事を一方的にキャンセルする行為で、愚かに壊しています。

仕事を辞めても実力があれば、また仕事に復帰できるでしょう。主人公には可能です。

子宮頸がんで引退するAV女優は、そうはいきません。

女優ではなく化粧師という裏方の仕事を選んだ主人公は、したたかです。

手に職がある強みです。

では、タイトル「グレイスレス」は、何(誰)にかかる言葉なのでしょうか

AV業界にも主人公にも、グレイスレスを感じませんでした。

唯一感じたのは、主人公の母です。

  • 長文のメールを送りつける
  • 一方的に話して、主人公に返答の余地を与えない

品がなくて不快な登場人物でした。