選評を読んで
新潮新人賞には、2630作品の応募があったそうです。
本作がその頂点にふさわしいかというと、そうは思いませんでした。
何の話かよくわからなく、読み通すのが苦痛でした。
新人賞か芥川賞候補作でなければ、途中で読むのをやめています。
しかし、私の読解力の問題であり、作品の問題ではありません。
本作は、新人賞を受賞した作品です。
なぜ、新人賞を受賞したのか。選評を参考にします。
大澤信亮さんの選評。
荒唐無稽(とも一概に言えないが)な未来世界や作中人物たちを、まるで目の前に存在するように堂々と語りきってしまえる作者のふてぶてしさは、いいと思った。
舞台は、2052年の日本。日本は移民国家になっています。
「共感覚」という、言葉を見たり聞いたりすると、味を感じる持ち主。
小学校に入るまで日本語教育を受けてこなかった日本人。
本当か? と疑問を抱いても、本当らしく描かれている内容に、読者は頷くしかありません。
本作が受賞したのは、
- 他に似ている作品がない
- ハッタリをかませる筆力
だと感じました。
又吉直樹さんの選評。
言葉遊びのように短文を連ねる箇所も単純な穴埋めに終わらず、物語と繋がりを持たせながらイメージを拡げていく言葉が選択されていた。限定された世界の中で現実の価値基準を揺るがそうとする試みにも惹かれた。
又吉さんに読めている部分が、私には読めていません。
例えば、
- 物語と繋がりを持たせながら、イメージを拡げていく言葉を選択
- 現実の価値基準を揺るがそうとする試み
を、私は読み取れませんでした。
言葉遊びだと思いましたし、現実の価値基準を揺るがそうとする試みには、感じませんでした。
わかる人にはわかるのでしょう。私には再読したところでわかる気がしません。
一方、小山田浩子さんの選評。
作者には見えている景色も世界の豊饒さも不気味さも深刻な過去もなに一つ読者に共有されていないところから小説は始まる。読者の脳内に世界を構築し動かし信じさせるための材料は、小説においては言葉、文章しかない。
本作に書かれている言葉(文章)を、私は共有できませんでした。
共有できた又吉さんと、共有できなかった私。
共有できた小山田さんが、読者に共有できていると思っている作者に、警鐘を鳴らしているように感じました。
作品に合った声を探し、紋切り表現や不用意な比喩を避け、リズムを吟味し、理解や没入を妨げる誤字誤変換はできるだけなくそうとする。その上で情報を提示する順番や視点や時制の切り替えが奏功しているか考え、説明だけでなく細部で情景を立ち上げようとする。
小説を書く人には参考になる言葉です。
鴻巣友季子さんの選評。
個々のエピソードには随所に悪辣な魅力(誉め言葉です)があるものの、ストーリーの連結に必然性が感じられず、散漫に動く標的を追っているようで、終盤は疲れてしまった。
「疲れてしまった」と言われてしまう小説が受賞して、良いのでしょうか。
田中慎弥さんの選評。
技の数がずいぶん多いが、決定打に欠ける。もしくは決定打ばかりでせわしない、といったところ。
(中略)今回に見られる通り、毎年の水準はそんなに高いものではなかった。勿論、出だしはそこそこでもいい。月並だが、書き続けられるかどうかが一番大事。
前回、新潮新人賞を受賞した久栖博季さんは、受賞後に作品を出していません。
前々回に受賞した濱道拓さんも、出していません(同時受賞の小池水音さんは出しています)。
書き続けることがいかに難しいか。出版社からの没なのか、書けないのか、書かないのか。