いっちの1000字読書感想文

平成生まれの30代。小説やビジネス書中心に感想を書いてます。

『街とその不確かな壁』村上春樹(著)の感想③【子易さんという魅力的な人物】

子易さんという魅力的な人物

感想①はこちらです。

感想②はこちらです。

本作で魅力的な人物といえば、

子易(こやす)さんを挙げる人が多いと思います。

私も同感です。

子易さんは、主人公が館長として就任した図書館の、元館長です

主人公を支えてくれる、風変りな男性です。

子易さんの風貌は、ベレー帽に、スカート姿です

子易さんは、子どもを事故で亡くし、妻を自殺で亡くしました。

酒造会社の息子でしたが、父親の死をきっかけに、酒造会社を売却しました。

残った古い醸造所を、図書館として活用するため、町に寄付しました。

古い醸造所を改修する際、子易さんの私財を投じて、図書館を作り替えました。

その後、元図書館長として、新たに図書館長になった主人公を導きます。

子易さんの語りかけは、心温まります。

ただ、私が良かったのは、子易さんが結婚し、子どもを持つことになったときの、子易さんの心境の変化です。

それまでの子易さんは、

自分という存在の意味がうまく把握できなくなっていた

ですが、結婚し、子どもを持つことになったら、

自分は親からひとまとまりの情報を受け継ぎ、そこに自分なりに若干の変更加筆を施したものを、また自分の子供に伝達していく――結局のところ単なる一介の通過点に過ぎないのだ。(中略)でもそれでいいではないか。

と、通過点に過ぎない人生でもいいと、言い切ります。

たとえ自分がこの人生で意味あること、語るに足ることをなし得なかったとしても、それがどうしたというのだ? 自分はこうして何かしらの可能性――それがただの可能性に過ぎないとしても――を子供に申し送ることができるのだ。それだけでも自分が今まで生きたことの意味があるのではないか。

子どもは可能性です。

意味あることや、語るに足ることを、なし得なかった人生。

これは私にも通じます。

私の人生に、意味や語るに足ることなど、ないでしょう。

しかし、それがなくてどうしたのだと、子易さんは言い切ります。

何かしらの可能性(子易さんの場合は子ども)があれば、それが可能性に過ぎないにしても、今まで生きたことの意味はあるといえます。

さらにいえば、

  • 意味がある=いい人生
  • 意味がない=悪い人生

ではないのもしれないと、思いました。

意味の有無と人生の良し悪しは、切り離してもいいと、思わせてもらいました。

子易さんは、子どもを亡くし、妻を亡くしました。

可能性に過ぎないものだとしても、それが消えました。

可能性が消えたときの子易さんの感情は、はかり知れません。

ベレー帽をかぶり、スカートを履き、気さくになって、道化を演じることに徹したのかもしれません。

それでも子易さんは、主人公を導く大切な存在には、違いありません。