『蒲団』は勘違い小説の傑作
作家、翻訳者、研究者(計6人)が、日本文学を10作ずつを選びます。
- 10作の名シーンを抜粋
- シーンや作品を解説
抜粋シーンや解説により、読みたい本や再読したい本が増えました。
- 大江健三郎『新しい人よ眼ざめよ』
- 志賀直哉『城の崎にて』
- 安部公房『箱男』
- 安岡章太郎『ガラスの靴』
近々読むと思います。
当初、本書で感想を書く予定はありませんでした。
名場面を抜粋し、その作品やシーンを解説している本に、読みたい以上の感想を抱くことはないと、思ったからです。
しかし、ラストで変わりました。
中島京子さんの『蒲団』(田山花袋)の解説を読んで、感想を書こうと思いました。
『蒲団』の主人公は、作家です。
主人公は、女弟子との関係を、恋だと思っていました。
しかし主人公は、女弟子が他の若い男に恋をしていることに、気づきます。
タイミングさえ合えば、主人公は女弟子を手に入れることができたと、主人公は考えています。
『蒲団』を解説する中島京子さんは、女弟子が主人公に恋をしたとは考えられないと言います。
ところが、中島さんは、著名な男性作家2人(本書では名前が挙げられていません)による、
女弟子が彼を慕って文学修行のために上京したその時点で、彼女をモノにしておくべきだった
という内容の記述を読んだことがあるそうです。
中島さんは、主人公を慕って女弟子が上京した時点で、彼女をモノにしておくべきという意見を、「勘違い」であり「読み間違い」だと言います。
年下の女性が年上の男性を「尊敬」して「慕って」くれば、すなわち年下女性の年上男性への「恋」と見做され、それゆえに、年上男性は彼女の意を汲んで性的な関係へと誘い、他の男に手を出されるより前に、彼女を「所有」することができる――。という「勘違い」
「勘違い」が進み、一歩間違えば、セクハラ、パワハラにつながるでしょう。
では、主人公はどうしたら良かったのでしょうか。
男性作家2人の意見(女弟子が彼を慕って文学修行のために上京したその時点で、彼女をモノにしておく)は、一つの可能性としては、あり得ました。
モノにできるかは別として、主人公ができるのは、アプローチをかけることだけです。
女弟子が他の若い男に恋をする前に、主人公が女弟子にアプローチをかけていたら、結果は変わった可能性はあります。
主人公がアプローチをし、女弟子にその気がなかったら、すんなり手を引く必要があります。
師匠と弟子の関係を利用し、性的な関係を強要するのは、セクハラ、パワハラです。
思い過ごしも勘違いも、片恋の良さである。(中略)勘違いしたまま妙な行動を起こさないようにと、有益な警告すら発してくれるのである。
中島さんは、『蒲団』を勘違い小説の傑作だと言います。