『逃亡くそたわけ』の続編
本書は、著者の小説『逃亡くそたわけ』の続編です。
『逃亡くそたわけ』は、主人公の女子大生が、入院中の病院から抜け出し、博多から鹿児島へ、車で逃亡する話です。
詳しい感想はこちらです。
『まっとうな人生』は、『逃亡くそたわけ』の対義語と言えます。
- まっとう⇔くそたわけ
- 人生⇔逃亡
主人公は30代、夫と娘がいます。
夫の実家がある富山で、3人で暮らしています。
夫は、肉を買ってキャンプに出かけるときが一番幸せと言う人間です。
食べる瞬間よりも、クーラーボックスに肉を詰め込んでさあ行くぞというときが嬉しいという
私もこれわかります。
例えば、飛行機で旅行に行くとき、空港までの電車やバスに乗ってるときが、一番楽しいです。
主人公は、まっとうについて考えます。
あたしは、いつまでまっとうに生きることができるのか。(中略)正直なところ、どんなに楽しい思い出よりも狂気の方が強いことをあたしは知っている。
主人公は、双極性障害という病気を持っています。
気分の高まる躁状態と、落ち込む鬱状態が、繰り返される病気です。
あたしという人間は決してまともではない。でもまっとうに生きたいとは思っている。
「まとも」と「まっとう」、どう違うのでしょうか。
まっとうと、苦労がないことは違う。
まともにも、苦労はあるでしょう。
まっとうは、全うと書くように、全力であることが伝わります。
まっとうな人生には、全力を尽くしている人生というニュアンスがあります。
まともは、真面と書くように、まじめなイメージがあります。
ですが、まともな人生に、ポジティブな印象は受けません。
まじめで無難、ましなニュアンスがあります。
まともより、まっとうに生きたいものです。
まっとうに生きるにはどうすればいいのでしょうか。
コロナ禍でフェスに行く友人に、主人公は反対します。
友人は、友人なりの考えでフェスに行こうとしています。
ですが、主人公は友人に「ばかばい」と言ってしまい、険悪になります。
ここでの主人公は、まともです。
友人はまともではありません。ただ、まっとうに生きている感じはあります。
主人公に、夫が言います。
あんたは何もかもわかろうとしすぎやわ。それで自分のわかった範囲で正しさを決めるが。自分のわかったことのなかだけで判断して、人をそこにあてはめるのはよくないわ。
これは私も耳が痛いです。自分の考えで、人や物事を判断してしまいます。
フェスに行くのは、友人なりに考えて出した結論です。主人公が馬鹿だと言う資格はありません。
本作は、既成の概念を壊そうとするところが良いです。
落ち込んでいる人に面と向かって「出口のないトンネルはない」とか「明けない夜はない」などと言ったりする(中略)。あるよ。出口のないトンネルはブラックホール。明けない夜は宇宙。
気安く人を励ますのは危険です。
異性の友達って、いちじくの天ぷらみたいなもんよ
(中略)珍しいけん、食べたことなかったら存在も信じれんちゅう人もおるし、気持ち悪いとか食べる気せんとか言う人もおるし、別に一生食べない人がおっても「損してる」なんて思わんよ
異性の友達を、良いとも悪いとも判断しない。うまい表現だなあと、しみじみしてしまいます。