転売されたいバンドボーカル
タイトル「転の声」は、転売にも使われるSNSアプリの通称名です。
「転」は、転売からきてるのでしょう。
主人公は、バンドのボーカルです。
生放送のテレビの音楽番組(Mステを想起させる)に、初登場します。
デビュー当初はそれなりに注目を集めたものの、その後なかなか勢いに乗れず、新曲をリリースしても現状維持が精一杯。
声の調子も悪くなっており、SNSで視聴者に心配されるほどです。
そんなバンドにとって、ライブチケットにプレミアが付くかどうかは死活問題だった。
主人公が興味を持ってるのが、転売です。
表向きには転売を否定してますが、転売でプレミアを付けたいと思ってます。
主人公は番組終了後、すぐエゴサ―チします。
顔の見えないネットの声をいつも気にしている。こちらの顔色ばかり窺って決して本心を見せない、そんな周囲の人間の生の声とは違い、一切遠慮がない本音だからだ。
確かに一理あります。
テレビに出演できるくらいのバンドですから、売れてます。
売れてる人の周りには、本音を隠して褒める人もいるでしょう。
それに比べると、ネットの声は正直で、遠慮がないかもしれません。
しかし、誰だかわからないネットの声に、売れてるバンドのボーカルが耳を傾ける必要があるかは疑問です。
ネットの声が一切遠慮のない本音だったとしても、音楽の見識がなければ、ただのたわごとです。
主人公はライブ中、モッシュやダイブをくり返す人に手を焼いてました。
そんな人間に対し、
生涯決してオリジナルを生み出すことなく、誰かが作ったもので退屈を紛らわすだけの人生
と表現します。
ネットのたわごとも、同じ気がします。
オリジナルの音楽を生み出すことなく、主人公の作った音楽に意見を言い、退屈を紛らわすだけの人生。
私も同様です。
『転の声』というオリジナル作品について、感想を書いてるだけです。
主人公は、
フォロワー十四人の雑魚に声のことで何か書かれている。(中略)フォロワーがたった十四人しかいないのに、よく生きていられるよな。
と毒を吐きます。
一方で、フォロワー数ゼロのアカウントもチェックしてます。
誰に言われるかより、何を言われるかを重視してます。
主人公自身も気づいてることでしょう。
- 現状維持が精一杯で勢いに乗れない
- 声の調子が悪くなってる
- それでも自分にプレミアをつけたい
苦し紛れの状況で、主人公は転売の仕掛人(カリスマ転売ヤー)に出会います。
俺を転売してくれませんか
と懇願し、相手の手を取ります。
駅で周りに人がいるにも関わらず、主人公は自ら色紙にサインし、渡します。
冷静に見える主人公が、取り乱してます。
やり過ぎな気もしますが、背に腹は代えられない状況だったということでしょう。
転売の仕掛け人の提案で、インディーズ時代のCD-Rを、フリマアプリで売ることになります。
出品後、定価の約60倍の値段で売れました。
ライブ中に観客の顔を見ながら歌っても決して得られない確かな実感が、転売にはあった。今は、馬鹿正直に会場内に収まった観客の拍手や歓声より、キャパを超えたプレミアを生み出すたった一つのクリックが欲しい。
主人公はプレミアを欲します。
ライブ中に主人公の吐き出す水(聖水)は、プレミアだと気づきます。
自分の口には今まさにプレミアが詰まっているんだ。
ライブに行かないと、ボーカルが吐き出す水を浴びることはできません。
その点、プレミアだと言えます。
プレミアを欲するために、転売もいとわない主人公の様子が良かったです。
フリマアプリで一枚CD-Rが売れた後、値段を高くしてもう一枚出品する行動も、焦りが出てて良いと感じました。
一方、作品の節々に、現実を想起させるワードがあるのは気になりました。
- 漫画原作のアニメ劇場版が興行収入350億を超え、主題歌も大ブレイク
- ニュース番組が、アイドル上がりの人気キャスター
- 深夜1時からのラジオ、夜通しJAPANのお馴染みのテーマ
細かい箇所で現実を想起されると、私は物語への没頭を妨げられてしまいます。
読む人や作品によりますが、私は現実に引き戻されました。
特に本作は、作者がバンドのボーカルで、主人公も同じです。
作者=主人公を、少なからず感じてしまいます。
小説(物語)に没頭するには、ある程度現実を感じさせないことが、私には必要だと思いました。
一人称を表す言葉(私、僕、俺)を使ってないのは、チャレンジしてて良かったです。
感想②はこちらです。