いっちの1000字読書感想文

平成生まれの30代。小説やビジネス書中心に感想を書いてます。

『サンショウウオの四十九日』朝比奈秋(著)の感想②【オムライスはオムレツの誤植か】(芥川賞候補)

オムライスはオムレツの誤植か

感想①はこちらです。

ある一場面について、誤植なのか気になりました。

が、いる場面です。

瞬は、オムレツとオムライスを作ってます。

オムレツは自分用、オムライスは父用です。

料理ができた後、

瞬は父にオムライスをやるのが惜しくなってきて、自分で食べようかと思ったが、私がオムレツの皿を持つと瞬はオムライスのほうを持って、すたすたとリビングを横切っていく

  • 私:オムレツの皿
  • 瞬:オムライスの皿

を持ってます。

皿をテーブルに置くと、父から、

どっちがオムライスや

と聞かれます。

瞬はさきほどの魂胆などすっかり忘れて、

「こっち」

左の皿を押し出す

左の皿は、オムレツとオムライス、どっちか。

  • 左半身:私(オムレツの皿を持ってた)
  • 右半身:瞬(オムライスの皿を持ってた)

だとすると、左の皿はオムレツです。

ただ、父が対面に座ってた場合、父から見て左の皿は、オムライスです。

皿の位置とは別に、「瞬はさきほどの魂胆などすっかり忘れて」とあります。

「さきほどの魂胆」は、「瞬は父にオムライスをやるのが惜しくなってきて、自分で食べようかと思った」ことだと、考えられます。

それを「すっかり忘れて」るので、父にオムライスを渡してると、考えられます。

父がスプーンを皿から拾って、オムライスを口に放り込んだ数口続けて口に入れたところで、

「食べ終わったら、駅まで送って」

瞬が突然切りだした

父は、オムライスを口に放り込んでます。

父が数口続けて口に入れた後でも、オムレツじゃないかという指摘はありません。

父が食べたのはオムライスだと判断します。

私は握ってたスプーンを瞬に渡して

父が食べてるのがオムライスなら、私が握ってたスプーンは、オムレツの皿にあったスプーンです。

そのスプーンを瞬に渡してます。

スプーンは私から瞬への移動なので、左手から右手に移ったと考えられます。

そして疑問に思った文章。

瞬は(中略)オムライスをスプーンですくって口に放りこむちょうどいい半生ぐあいで、口の中でよだれがジュワッと分泌されるのを瞬は感じて、

瞬が口に放りこんだのは、オムライスではなく、オムレツではないでしょうか。

  • 瞬は父にオムライスをやるのが惜しくなったが、オムライスの皿を押し出す
  • 父がオムライスを食べている
  • 私はオムレツの皿を持っている
  • 瞬は私からスプーンを受け取る
  • そのスプーンで口に放りこむ
  • 卵の言及だけで、米について何も書いてない

以上のことから、瞬が食べたのはオムライスではなく、オムレツだと思ったわけです。

とはいえ、瞬が、私から受け取ったスプーンで、父の皿にあるオムライスを食べた可能性もあります。

そうだとしたら、

  • 瞬が父の皿に手を伸ばしてオムライスを食べたという記載
  • オムライスを瞬に食べられたときの父の反応

があってもいい気がします。

なので、オムライスはオムレツの誤植なのかと、気になってしまいました。

引用元は、『新潮2024年5月号』です。