やりたいことの見つけ方
約5年半ぶりに再読しました。
前回の感想はこちらです。
感銘を受けた部分は、前回読んだときと、さほど変わりませんでした。
それが良いことなのか、悪いことなのか。
今の私が、5年半前の自分と、そんなに変わってないということでしょう。
そう考えると、良いとは思えないような気がしてきます。
やりたいことは、人のつながりの中に見つけていくしかない。
やりたいことを頭の中で悶々と考えているより、実際にやってみて、人のつながりの中で、やりたいことを発見していくしかないということでしょう。
私は前回読んでから5年半分、社会人経験を積んだわけですが、相変わらず響きました。
仕事をやってると、やりたくないことが見つかってきます。
積極的にやりたい仕事はないのですが、
- やりたくない仕事
- やってもいいかなと思える仕事
を、分類できるようになりました。
例えば接客なら、理不尽なクレームを言い続ける相手の対応はしたくないけど、話を聞く気のある相手の要望なら聞ける、という感じです。
人とつながることで、得意不得意や好き嫌いが、はっきりしてきます。
人とつながりたいなら、自分の中にあるものを出して、表現するしかない。
やってみると、人と比較して自分はどうなのかを、客観的に見ることができます。
著者の山田さんは、音楽や小説、言葉だけが表現ではないと言います。
たとえば、頼まれて敬老会の手伝いをするにも、そこに来るお年寄りの思い出になるような花を生ければ、それが自分の表現になる。
表現の手段は無数だと言います。
いま、湧き起ってくる、感情や想い、アイデアや考えを、なんとか形にして、なんとか目の前にいる一人の人に通じさせようと思うこと、思ってとにかくやってみること、やりつづけること。
前回、本書の感想を書いたときは、ブログを開設したばかりでした。
今読み返すと、5年半前の私の感想は、稚拙に感じます。
感銘を受けた部分を引用して、一言二言感想を書いて終わり、という感じです。
引用部分も、教科書で言う太字の部分を、そのまま抜粋しただけのようです。
それでも、5年前の私は、感じたものを素直に書き、そのまま表現しました。
できる限りのことをやった上での感想です。
では、今回の感想はどうか。
今の私が感じたものを、そのまま表現したつもりです。
しかし5年半後に再読したら、稚拙だと思うかもしれません。
感銘を受けた部分はさほど変わらなくても、私自身の感想は、変わるかもしれません。
感想の表現する質にも、変化があるかもしれません。
変わっていたらいいと思います。
変わったと感じた分だけ、成長したと捉えようと思います。
稚拙に感じても、当時の私をだめと評価するのではなく、成長した私を称賛すればいいです。
感想②はこちらです。