幼馴染との脳内対話
主人公は、お土産屋でバイトをしてます。
店が無期限休業することになり、主人公は仕事がなくなります。
出勤最終日に主人公は、店から7万円をもらいます。
時間と臨時収入を得た主人公は、故郷へ行くことにします。幼馴染の墓参りをするためです。
店からもらった七万円をなるべく簡単に使ってしまう方法は、ほかには思い浮かばなかった。
主人公は、10年ぶりに帰郷します。
故郷には、一緒に住んでいた母や父はいません。
幼馴染が死んだことは、主人公の上京前夜に母から知らされました。
あの子、ずいぶん前に亡くなってたんや。いつかあんたに言うてやろうと思いよったけど、忘れとった。
10年前の主人公は、幼馴染の死の知らせを聞いたところで、何ができるわけでもなく、上京しました。
主人公の上京後、母は家を出て、再婚したようです。
幼馴染の墓に向かう途中、主人公は(おそらく心の中で)言います。
わたしたちの生まれるまえ、この土地には恐竜がいた。わたしは、その話をあなたとしたい。
あなたとは、幼馴染のことです。
主人公は、死んだ幼馴染に、脳内で話しかけます。
脳内対話で幼馴染が言います。
おまえは記憶をまちがえている。ずっとまちがえつづけてきたんだ。
主人公の記憶と、幼馴染の(声で脳内対話される)記憶が合いません。
主人公は、幼馴染の死因がわかりません(母からは知らされませんでした)。
幼馴染は、主人公に殺されたと言います。
恐竜をさがすためのスコップをもったおまえが、それを恐竜の爪のようなかたちに構えて、それから、おまえがどんなふうにしておれを打ったのか、おまえはきちんと思いだすべきだ。
幼馴染の言い分は、主人公に頭部を破損され、器具をつけて過ごしたが、状態が悪化して死んだというわけです。
主人公には覚えがありません。
わたしの人生には覚えておくべき重要な事件など何ひとつ起こらなかった。(中略)何も起こらなかった。
それから、あなたのことを思い出した。
主人公は「何も起こらなかった」と言いつつ、直後にあなた(同級生)のことを思い出してます。何かあったような感じです。
覚えておくべきことだったのではないかと、読者の私に思わせます。
いまに至るまでわたしはキイちゃんのほんとうの名前を思いだせなかった。(中略)キイちゃんというあだ名でしか思いだせなかった。
キイちゃんとは幼馴染のことです。
主人公は、幼馴染の墓から骨を取り出して、頭部に傷がなかったことを確かめようと考えます。
しかし、幼馴染の名字も下の名前もわかりません。これでは墓の場所がわかりません。
小川哲さんは選評で、
語り手の異常性を感じさせる描写の多くが「認知の曖昧さ」に依存している点は指摘したい。
もっともな指摘だと思いました。
主人公が結局何をしたのか、読者である私は、判別できません。
主人公が覚えてなかったり、思い出せなかったり、何もなかったと言ってたり、何がなんだかわかりません。
主人公の祖母が、「加害者加害者」と言ってたことは、主人公と幼馴染に共通してる記憶のようです。
角田光代さんは選評で、
何かひとつでもたしかなことがあれば、小説はもっと強くなるのではないかと思っていたのだが、選考会で、語り手の性別すら明示されていないことに思いいたり、たしかなことが何ひとつないからこそこの小説はすでに強いのだと気づかされた。
確かなことが何ひとつないからこの作品は強いとしても、それでいいのかと読者の私は思いました。
それに、祖母と幼馴染が主人公を「加害者」と言い、主人公の記憶にも一致することは、確かなことだと言える気がしました。
ただ、私にとっては、わからないまま終わってしまう作品に、消化不良を感じたのは確かです。
結局、何が正しくて何が間違ってるのかわからず、煙にまかれた気がしました。
タイトルの「光のそこで白くねむる」は、幼馴染の骨のことだと思います。
- 幼馴染の名前がわからないのに、どうやって墓を掘り返すのか
- 墓を掘り起こして、頭部の骨を確認できたのか
- 幼馴染が死んだ理由は何だったのか(主人公にスコップで叩かれたのは事実だとしても、さすがにそれで死ぬことはないでしょう)
私は知りたかったし、作中に示してほしかったです。
主人公の目的の道半ばで終わった印象を受けました。
それでも、主人公と幼馴染の脳内対話だけで、作品を成り立たせる文章力は圧巻だと思いました。