いっちの1000字読書感想文

平成生まれの30代。小説やビジネス書中心に感想を書いてます。

『字滑り』永方佑樹(著)の感想【文字が消えて使えなくなる現象】(芥川賞候補)

文字が消えて使えなくなる現象

字滑り(じすべり)とは、突然、文字が消えて使えなくなる現象です。

例えば、漢字やひらがなやカタカナが、消えて、使えなくなります。

見る・聞く・話す言葉が、消えます。

どの言葉が消えたり、使えなくなったりするのかは、場所や状況によってさまざまです。個人差もあります。

熟語や四字熟語ばかり話すようになったり、カタカナ語なかり話すようになったりします。

字滑りは処置するのではなく(以前はしていたようですが)、しばらくすると治ります。

スクランブル交差点の大型ビジョンを撮影した様子では、

広告の中に羅列されている文字の中から、カタカナと漢字が一斉にグラつきだし、かと思うとふるりと裏返り、ひらがなの形の変わってゆく

とあります。

撮影者の周囲では、

あざなすべりじゃねこれ

と、「字滑り」を「あざなすべり」と言ってます。「じ」という音読みが使えなくなったようです。

字滑りの発生が渋谷周辺で起こったときは、NHKのアナウンサーは音読みができなくなります。

字滑りの発生源は、そのときによって異なります。地震のように、震言地として用語が一般的に広まってます。

そんな字滑りを体験できる宿泊施設があり、3人が招待されました。

  • ブロガーの男子大学院生(ブログで字滑りの記事を書く)
  • 会社員の女性(SNSで字滑りを記録する)
  • 無職の30代女性(字滑りを習字にして画像を取り、SNSにアップする)

ブログやSNS経由で招待されたようですが、字滑り体験施設周辺では電波が通っておらず、ネットが使えません。

3人は、最寄り駅から宿泊地に向かう送迎バスに乗ってる間、寝てしまったようで(眠らされた?)、どこにいるかわかりません。

2泊3日の体験宿泊中、周辺を散策しますが、字滑りに関する手がかりは、ほとんど見つけられません。

山神様の言い伝えや、鬼婆の伝説を聞きますが、字滑りには直接つながりません。

無職の女性は、道端に転がってる腰掛け石に抱き着いてから、他の2人とは別行動をするようになります。

別行動をとった無職の女性は、赤ちゃんに文字を食べさせてる母を見ます。

食べさせてる文字は「あめ」でした。

まだ声を立てないのまだまだ足りないのね

まだまだ足りないですねしゃべれるようになるには

と、母は言います。

  • 声を立てない赤ちゃん
  • しゃべれるようになるにはまだまだ足りないと言ってる母

文字を食べさせることによって、声を立てる(出す)ようになる赤ちゃんのようです。

字滑りの根源となってるような光景です。

母が「カタカナが続いたから漢字を」と言ってることから、いろんな種類の字を食べさせてるのがわかります。

母は文字を作り出し、赤ちゃんにあげるのはうまいですが、どの文字を作り出すかは苦手なようです。

無職の女性に、(文字を)くださいと、言います。

無職の女性は文字を言葉で伝え、母が文字を作り出し、赤ちゃんに与えます。

一方、残りの2人(ブロガーの大学院生と会社員の女性)は、赤ちゃんに文字を与える母と子に出会えません。

一度母子の近くには寄りました。無職の女性が抱き着いた腰掛け石のある近くです。

会社員の女性の頬に何かくっついた(母が赤ちゃんに与えてる字だと思います)直後、宿泊施設のオーナーが林の中から顔を出します。

オーナーが間に挟まる感じ(意図的でしょう)で、2人は赤ちゃんに文字を食べさせる光景には近づけません。

オーナーも、母の子であるようです(オーナーが無職の女性に「ハハにお会いになったそうですね」と言ってることから)。

母とオーナーは母子の関係ではなく、「母なる存在」の母として、オーナーが呼んでる可能性もあります。

赤ちゃんに文字を与えてる女性が、オーナーの産みの親だとしたら年齢差が開きすぎてますし、彼女が妖怪のような存在だからです。

母に文字を伝える無職の女性は、母に取り込まれます(母の食べるのが「名前」というのは既視感がありました。「千と千尋の神隠し」を想起しました)。

しばらくして、字滑りの現象はなくなります。

母が無職の女性を取り込んだことにより、文字を生み出しやすくなったからかもしれません。

もしくは赤ちゃんが話せるようになり、文字を与える必要がなくなったとか。

無職の女性の名前は「アザミ」と言い、赤ちゃんに文字を与えた母は「字見」と漢字をあてて取り込んだので、母に字を見る能力がついたのかもしれません。

字滑りのなくなった要因は直接書かれてませんので、推測するしかありません。

文字を食べさせる母や、それを食べる赤ちゃんが何を示す存在なのかは、わかりませんでした。宿泊施設のオーナーとの関係も不明です。それでも面白かったです。

幻想的で耽美的なシーンが印象に残った作品でした。