睾丸を摘出する少年
「DTOPIA」の読み方は、「デートピア」です。
「DTOPIA」は、配信の恋愛リアリティーショーの番組名です。
舞台は、フランス領ポリネシアのボラ・ボラ島。
ヒロインの女性一人を巡って、多様な国から集められた男性10人が競います。
フランスの植民地になった島へ、先進国の男女がやってくる。アパートを建設し、プールでくつろいで、毎日デートを繰り返す。
一般的な恋愛リアリティーショーとは、一線を画します。
10人の男性の前に、ヒロインであるミスユニバースは、裸で現れます。
ビーチでは、性器をぼかされた女と男たちが、ベッドの上でそれぞれに頑張っていた。
番組が始まって、いきなり性行為をしてるわけです。
それを「頑張っていた」と書いてて、笑ってしまいました。
10人の男の中に、日本から選ばれたMr.東京がいます（どうしてこの人が日本から選ばれたのかがわからなかったのは残念でした）。
作中、Mr.東京は「おまえ」として、書かれます。
二人称である「君」や「あなた」を使った小説はまれにありますが、「おまえ」を使った二人称小説は初めて読みました。
とはいえ、全ての視点が「おまえ」であるMr.東京で描かれるわけではないので（「私」である一人称や、三人称も出てきます）、厳密には二人称小説ではないのかもしれません。
それでも、「おまえ」として書かれることで、Mr.東京が謎の存在として際立ってるので、この書き方は理にかなってると思いました。
「おまえ」に対する「私」（なかなか出てこないのもいい）は、幼馴染です。
中学校は同じで、高校からは別でした。
「私」は「おまえ」から「モモ」と呼ばれます（以下「」を外します）。
モモの本名は百之助で、おまえと出会ったときは男性でした。
中学生のモモは、
- ヒゲが伸びてくるのが気持ち悪い
- 体だけ時間を止めたい
と、おまえに言ったところ、
睾丸を取ったら男性ホルモンが出なくなる
と瞬時に言われます。
おまえの姉の彼氏が整形の先生で、情報を色々ふきこまれたようです。
中学生のおまえは、モモの睾丸の一つを摘出しました。
中学生が摘出して何事もなく終わるはずはなく、外科に駆けつけることになり、互いの親に露見しました。
モモの父親は、おまえに言います。
二つしかない臓器のひとつを抉り取ったときにあんたが何を感じてたのかってことなんだよ。そんな奴がこれからどう育つかってことだよ。それが一番おぞましいよ。（中略）楽しんでたんだろ、おまえは。人を取り込んで、おもちゃみたいに改造して、まんまと役に立ってるような気分味わって、本当は気持ちよかっただろ。
この点は私も気になりました。
- 睾丸を取ったときにおまえは何を感じてたか（楽しかったのか、気持ちよかったのか）
- 睾丸を取ったおまえがどう育つか
1について。
「デートピア」での、おまえとミスユニバースとのやりとりに、手がかりを感じました。
『自分にとって』『あたりまえの欲求が』『他人にとって』『暴力になるとしたら』（中略）『欲求そのものを』『ガマンしようなんて』『自分を過信しすぎてる』『いつか自分本位に』『タガを外して』『誰かを傷付ける』
『』は私が追記したのではなく、作中のままです。おそらく、英語で話されてる会話の日本語字幕を表してるのでしょう。
- あたりまえの欲求が
- 他人にとって暴力になるとしたら
おまえのあたりまえの欲求とは、誰かの欲求を解決できる力が自分にあるなら、それを行うことだと思いました。そこに興奮も快楽もない気がします。
モモの欲求が「ヒゲが伸びてくるのが気持ち悪い」「体だけ時間を止めたい」に対して、「睾丸を取ったら男性ホルモンが出なくなる」という解決策を、おまえは持ってます。
そして、それを行う力がおまえにはあるから、睾丸を取ったのでしょう。
しかし、中学生のモモの睾丸を取ったのは、暴力になり得ます。
未成年で判断能力がない相手のその後（中学生のモモは納得してましたが、その後は違うようです。「親に内緒でトランスを先走って、少しだけ失敗をしたことがある」という記述があります）や、その親にとっては、暴力だとみなされるでしょう。
2の睾丸を取ったおまえがどう育つかについて。
おまえは、公衆トイレで大人の男性の睾丸を摘出するようになります。
摘出した睾丸は、店で10万円で買い取ってもらいます。
「睾丸を摘出する少年」として話題になり、公衆トイレからアンダーグラウンドな場所に移り、仕事として請け負うことになります。
そして、財布の窃盗で逮捕されます。
逮捕されたおまえは、数年後、「デートピア」に日本代表のMr.東京として出演します。
デートピアがたまたま、おまえをポリネシアに連れてきて
とありますが、どうしておまえがMr.東京として選出されたのか、経緯が知りたかったです。たまたまなんてあり得ないでしょう。
おまえが窃盗の過去がある前科者であることは、デートピアの視聴者に知れ渡ってます。
ですが、睾丸を摘出してた過去は知られてません。
デートピアではおまえ（Mr.東京）が勝利しますが、その前に、睾丸摘出の過去が暴露されるべきだと、私は思いました（勧善懲悪を期待しすぎかもしれませんが、隠されたまま終わるのは釈然としません）。
例えば、モモの父親の告発によって（おまえがどう育つのかを追跡しててもおかしくありません）。そして大炎上。
そうした過去があっても、ミスユニバースはMr.東京を選ぶのかは、見どころだと思いました。
本作が2024年に書かれたからか、過去の出来事に違和感がありました。
- 2013年夏に、インスタグラムがあるように書かれている（「高校一年の夏、インスタの中のおまえは肌を焼き、髪をコーンロウ風にした」とありますが、日本版のリリースは2014年のようです）。
- 2015年2月に暗号通貨は早すぎる気がする（「暗号通貨を管理するためのパスワードを吐いた」とありますが、この時代の呼び方は「仮想通貨」だと思います。「暗号資産」に呼び方が変わったのは2020年5月のようです）
細かいですが気になりました。
デビューから三作品連続で芥川賞候補はすごいです。安堂ホセさんの作品で一番面白かったです。
