いっちの1000字読書感想文

平成生まれの30代。小説やビジネス書中心に感想を書いてます。

『死んだ山田と教室』金子玲介(著)の感想【声だけ残される存在】(メフィスト賞受賞)

声だけ残される存在

男子校の教室は、静まり返ってます、

二年E組の人気生徒だった山田が、交通事故で亡くなったからです。

担任が、気分転換に席替えを提案したとき、山田の声がどこからか聞こえます。

いくら男子校の席替えだからって盛り下がりすぎだろ

黒板の上のスピーカーから聞こえてくるようです。

死んだ山田に、身体や感覚はありません。スピーカーからの声として存在しています。

どよめきながらも、盛り上がる教室。

席替えはしなくてもいいかと言う担任に、声だけ生き返った山田は言います。

せっかくなんでしましょうよ、席替え俺、ずっと前から考えてたんすよ、二Eの最強の配置を

最強の配置という言い方だけあって、理にかなった席替えが行われます。

例えば、

  • 野球部は、朝練後に泥まみれになるので教室の入口
  • 新聞部は、スクープを探してるから教室の中央
  • 左耳が聞こえずらい生徒は、教室の左側

といったように、山田の指示にしたがって席替えが行われます。

山田は二Eの生徒の状況を、担任顔負けで詳しく把握してます。

山田は、二Eだけの秘密になります。

スピーカーからの声だけの存在になった山田は、二Eの教室から出られません。

教室にいる生徒と話すことはできますが、休みの日や夜は、誰とも話せず一人きりです。

どうして山田は、声だけ復活したのか。

山田の望みは、今後も二年E組の一員として、くだらない、あほくさい、毒にも薬にもならない会話を続けていたい、というただ一点のみである

この願いが叶ったのか、交通事故で死んでも、会話を続ける声だけの存在として残りました。

山田の復活に盛り上がった生徒たちですが、進級や卒業で、次第に離れていきます。

進級して三年生になると教室が変わります。山田だけが二Eの教室に残されます。

卒業すると、生徒たちは学校に来ることがほとんどなくなります。山田は二Eの教室にいます。

進級や卒業で成仏するかと思われた山田は、相変わらず声だけの存在として、教室に残ります。

二Eの生徒たちは、大人になっていきます。

山田がいまだに二Eの教室にいるとわかってても、わざわざ話に来る人はいません。一人を除いて。

その一人は、中学の同級生でした。

彼は中学のとき、山田のちょっとした一言で、救われました。思い切って声を掛け、山田と友達になります。

彼は弁護士を目指してましたが、進学した法学部から方向転換します。

教員免許を取って、難関な採用試験を突破して、母校に戻ってきます。

彼は、山田を最後まで見捨てなかった唯一の人でした。

同窓会を企画しますが、皆忙しいようで、参加者はいませんでした。

山田は愚痴ります。

そんなみんな、ずっと忙しい? 一回も来れないほど忙しい? たまには俺のこと思い出して、遊びに来てくれてもよくない?

山田が死んでから、9年が経ってました。

進級や卒業のタイミングで生徒に囲まれ大団円で成仏、じゃないのがいいです。

人気者だった山田の薄れていくさまが、リアルです。

卒業した生徒は、それぞれの道に進んでます。

山田の気持ちもわからなくはないですが、自然な流れだと思います。

山田だけは教室に残ってます。何も変わってません。

唯一顔を出した同級生と繰り広げられる会話も、高校生レベルのままです。

バレずに「ちんこ」を忍ばせるのに最も適した早口言葉は何かという話題

山田も、山田に会いに来た同級生も、変わってないのでしょう。

残酷かもしれませんが、山田から離れていくのは必然だと思いました。

法学部から方向転換して教員免許を取り、募集要項の修士課程以上に進み、一度不採用になっても諦めずに挑戦する同級生こそ特殊です。それも非常勤講師の採用に。

山田はあくまで高校生活の一時を共にした存在です。

成長するにつれ、付き合う人間が変わっていくのは当然です。ましては声だけの存在です。

卒業生が隠れて母校に行くことも、ハードルはあります。

生前人気者だった山田でさえも、徐々に皆は離れていくわけです。

一人取り残される山田に寂しさを感じますが、そんなもんだよなと思ってしまいます。

そもそもスピーカーに声だけ存在する山田ってなんだろうと考えました。

現実ではあり得ないわけです。交通事故で亡くなった人の声だけ残るなんてありません。

あり得ないを前提にした嘘の話を、最後まで一気に読んでしまったのは確かです。

中学、高校、大学と、時が経つにつれ私も同級生たちと疎遠になったことを思い出しました。

誘いを受けても断り、こちらから誘うこともありません。連絡すらこなくなりました。

だから声だけ残った山田から離れていく同級生たちを、私は批判できません。

かといって、山田を責められるわけでもありません。

落ち度があるとしたら、山田が交通事故に至った理由です。

  • 山田を引いた車のナンバープレートが、自分の誕生日だと覚えてたこと
  • 山田が死ぬ前から、二Eの最強を配置をずっと考えてたこと

この2点を回収するシーンが良かったです。

改行が多く、セリフ中心の構成で、平易な文章で書かれてるので、読みやすいです。言ってしまえば軽いです。

本書の最後に次回作の告知がされてますが、今のところ読むつもりがないくらいには、はまりませんでした。

面白いのは確かなのですが、自分には合いませんでした。

また、タイトルがなぜ、「死んだ山田教室」なのだろうと思いました。

「死んだ山田教室」のほうがしっくりきます。スピーカーを破壊した後も存在する山田は、教室と並列ではなく、教室と同化や、教室の所有に近い気がしました。

ただ、山田が教室と同化なのだとしたら、「死んだ山田教室」のほうが馴染むのかもしれません。

「死んだ山田教室」も、違和感があって良いと思いましたが、狙ってる感が出過ぎかもしれません。

二Eの生徒たちの進級後や卒業後に、取り残されていく山田が描かれてるのが、儚くて悲しくて、でも仕方なくて。読み応えがありました。

それだけに、本当の意味で山田を失った同級生がこれからどうするのか、気になりました。