まともでない奴が魅力的
死んでいなくなった男の通夜に、親戚が集まります。
子、孫、ひ孫。以前から関係性のある者もいれば、関係性のない者もいます。
親戚一同を分ける場合に、2通りあるそうです。
- 上の世代、下の世代(年齢)で分ける
- まともな奴、まともでない奴で分ける
2のまともな奴、まともでない奴に分けた場合、まともな奴が通夜に集まる人たちです。
通夜に集まったまともな奴は、親戚同士で近況を報告し、近くの温泉に出かけ、酒を飲みます。
まともでない奴は、通夜に来ません。ただ本作では、まともでない奴が、魅力的です。
まともでない奴の代表例は、
- 死んだ男(祖父)の家のプレハブに住む青年(孫)
- 息子2人を残して行方不明になった父親
です。
プレハブに住む青年は、高校卒業後、進学や就職をせず、祖父(故人)の家にあるプレハブ小屋に住み始めました。一般的に言えばニートです。
青年は、妻を亡くした祖父と食事をとっていましたが、通夜には行かず、プレハブにいます。
通夜に行ったら、親戚から質問攻めに遭うのは確実です。面倒でしょうし、一人静かに祖父を弔いたい気持ちはわかります。
青年は、葬儀会場からお鈴を持ち出しています。普通ならそんなことしないでしょうが、自分なら鈴を持ち出しても大丈夫と思ったからの行動だと考えられます。それだけに、故人である祖父との交流が深かったと推察されます。
青年は、動画サイトにお鈴を鳴らした動画をアップしています。
解説の津村記久子さんは、この青年の、
故人への弔意の示し方は、まるで水槽の水を浄化するために置かれている石のような静かな価値があるように思える。
と言います。そのとおりだと思いますし、人間を水槽の水を浄化する石に例える表現を初めて聞き、津村さんの表現力の豊かさに驚きました。
青年は、10歳離れた妹の相談相手になっており、長電話に付き合います。
妹は、兄である青年との会話を、
意味がなくて記憶からもこの世の事実からも消えていくような話を連ねて連ねて長さだけが延びていくような兄との電話
と言います。そんな電話が、妹は好きです。
青年は主張をしません。妹の視点で青年が描かれるので、青年の心境はわかりません。
主張はしないけれど相手を癒す存在だから、水槽の水を浄化する石なのでしょう。祖父にとっての青年も同じ存在だったのかもしれません。
青年はまともではない奴なのでしょうか。
祖父の家のプレハブ小屋に住み、仕事をせずに動画サイトに音楽をアップし、妹からの相談の電話を受け続ける青年は、まともではないのでしょうか。
親族の外から見れば、まともではないでしょう。
ただ、私が仮に祖父や妹の立場なら、青年をまともではない奴とは思わないでしょう。一緒にいてくれる、話を聞いてくれる、それだけで、それだけが大切な存在だと思えます。