いっちの1000字読書感想文

平成生まれの社会人。小説やビジネス書中心に感想を書いてます。

新人賞

『ビューティフルからビューティフルへ』日比野コレコ(著)の感想【膨大な読書量に裏付けされた感覚】(文藝賞受賞)

膨大な読書量に裏付けされた感覚 作者が18歳というのが、どうしても目についてしまいます。 若い感性で書かれた小説ね、と思ってしまいます。 よくない先入観です。早計でした。 言葉の引き出しが凄まじい作品でした。 作品を読んで、 選評を読んで、 対談を…

『ジャクソンひとり』安堂ホセ(著)の感想【敵と見なす勇気】(文藝賞受賞、芥川賞候補)

敵と見なす勇気 ジャクソンは、アフリカのどこかの国と日本のハーフで、ゲイです。 日本で言うところの、マイノリティの中のマイノリティ。 ジャクソンに似ている人間が、他に3人集まります。 4人が集まった場所で、4人の心情も描かれるので、これは誰の心情…

『十七八より』乗代雄介(著)の感想【あの少女と呼ぶ理由】(群像新人賞受賞)

あの少女と呼ぶ理由 読むのは3回目です。 2021年2月に感想を書いてます。 今回読み返して、読み間違いが見つかりました。 前回の感想では、 回想形式の作品ですが、現在の主人公は、物語に登場しません。 と書いています。 しかし、現在の主人公は、書き手と…

『がらんどう』大谷朝子(著)の感想【選評を読んで】(すばる文学賞受賞)

選評を読んで アラフォーの女性2人が、ルームシェアをします。 主人公は38歳で、経理の仕事をしています。 同居人は、仕事で知り合った女性です。 仲良くなったきっかけは、推しの男性アイドルグループが同じだったことです。 主人公と同居人が推すメンバー…

『ジューンドロップ』夢野寧子(著)の感想【選評を読んで】(群像新人賞受賞)

選評を読んで 主人公は女子高生で、 母は不妊症 父は母の再婚相手 物語でありそうな家族ものです。 選考委員の柴崎由香さんは、 全般に、語り手や中心となる人物が狭い範囲から出ることがなく、小説の深層で揺らぎが起きにくかったのではないか。 「全般に」…

『もぬけの考察』村雲菜月(著)の感想【選評を読んで】(群像新人賞受賞)

選評を読んで 舞台は、都会の賃貸マンションの一室です。 一人暮らし用の部屋で、入居者が頻繁に入れ替わります。 その部屋に住む人たちの生活が描かれます。 文章は読みやすく、最後まで一気に読めました。 「もぬけの考察」は、本作の一つの章のタイトルで…

『ハンチバック』市川沙央(著)の感想②【殺すために孕もうとする障害者】(文學界新人賞受賞、芥川賞受賞)

殺すために孕もうとする障害者 芥川賞を受賞したので再読しました。 前回読んだときの感想はこちらです。 主人公は、嫌っています。 例えば、ものに対して。 博物館や図書館や、保存された歴史的建造物が、私は嫌いだ。完成された姿でそこにずっとある古いも…

『ハンチバック』市川沙央(著)の感想①【選評を読んで】(文學界新人賞受賞、芥川賞受賞)

選評を読んで ハプニングバーの潜入記事から始まります。 いきなり性的な表現からか……。 読み始めの印象はそうでした。 しかし、それは入院している人間が執筆している架空の記事だとわかります。 体験ではなく、創作か。 小説自体、創作なのですが、体験を…

『世界地図、傾く』黒川卓希(著)の感想【選評を読んで】(新潮新人賞受賞)

選評を読んで 新潮新人賞には、2630作品の応募があったそうです。 本作がその頂点にふさわしいかというと、そうは思いませんでした。 何の話かよくわからなく、読み通すのが苦痛でした。 新人賞か芥川賞候補作でなければ、途中で読むのをやめています。 しか…

『鴨川ランナー』グレゴリー・ケズナジャット(著)の感想【京都に帰りたい】(京都文学賞受賞)

京都に帰りたい 主人公は、英語圏で生まれ育ちました。 きみが初めて京都を訪れたのは十六歳のときだ。この時点できみはすでに二年間、日本語を学習している。 本作は、「きみ」という二人称の語りです。 主人公は、 16歳で初京都 大学卒業後、英語を教える…

『点滅するものの革命』平沢逸(著)の感想【ビートルズ「レボリューション9」】(群像新人賞受賞)

ビートルズ「レボリューション9」 主人公は、5歳か6歳。来年小学校に入学します。 父親と二人暮らしで、父親は多摩川の河川敷で銃を探しています。 探している銃は父のものではありません。拾って報奨金をもらおうとしています。 父親は毎日河川敷に通ってお…

『1000年後の大和人』松井十四季(著)の感想【保育園の運転手のぼやき】(三田文學新人賞受賞)

保育園の運転手のぼやき 主人公は保育園の運転手をしています。 鬼滅の刃とうっせぇわに辟易しながらバックミラーを見ると8人の保育園児が緑と黒の格子柄のマスクをしながらうっせーうっせーと叫んでいた。 一文目から飛ばしてます。語り口が面白く、引き付…

『家庭用安心坑夫』小砂川チト(著)の感想【坑道に立つマネキン人形を盗む】(群像新人賞受賞、芥川賞候補)

坑道に立つマネキン人形を盗む タイトルの「家庭的安心坑夫」とは何でしょうか。 作中には明言されていません。 関連しているのは、主人公の実家近くのテーマパークの坑道にいる、ツトムというマネキン人形のことです。 ツトムはその坑道の中腹に立っている…

『N/A』年森瑛(著)の感想②【つらい人に掛ける言葉】(文學界新人賞受賞、芥川賞候補)

つらい人に掛ける言葉 感想①はこちらです。 主人公の友人であるオジロの祖父が、コロナにかかり、入院します。 オジロから直接報告を受けた主人公は、どのように声を掛けていいか、悩みます。 オジロにとって重要な友だちだから打ち明けてもらえたのであって…

『N/A』年森瑛(著)の感想①【かけがえのない他人】(文學界新人賞受賞、芥川賞候補)

かけがえのない他人 主人公の女子高生は、教育実習生の女子大生と付き合っています。 主人公は、「かけがえのない他人」に憧れていました。 ホットケーキを食べたりおてがみを送るような普遍的なことをしていても世界がきらめいて見えるような、他の人では代…

『鳥がぼくらは祈り、』島口大樹(著)の感想【一人称内多元視点】(群像新人賞受賞、野間文芸新人賞候補)

一人称内多元視点 書き方が特殊です。 「ぼく」が使われているので、「ぼく」の視点から描かれている作品かと思いきや、他の登場人物の視点からも描かれます。 例えば、 山吉が振り向いて遣った視線の先にいたのはぼくだった というように、視点が「ぼく」で…

『カメオ』松永K三蔵(著)の感想【犬を放ちたい】(群像新人賞優秀作)

犬を放ちたい 2021年の群像新人賞は、入賞作が3作ありました。 当選作「貝に続く場所にて」 当選作「鳥がぼくらは祈り、」 優秀作「カメオ」 3番目の賞が「カメオ」ですが、私は3作の中で一番面白く読みました。 先が気になり、途中で読むペースを落とすこと…

『眼球達磨式』澤大知(著)の感想【小型カメラから見る世界】(文藝賞受賞)

小型カメラから見る世界 「眼球達磨式」というタイトルに、怪しくも引き付けられました。 一体何のことでしょうか。 ごく小さい機体で、手のひらに包み込むことのできるサイズ感。眼球を連想させる球体の合成樹脂ボディは、中央から黒目様のレンズが隆起して…

『我が友、スミス』石田夏穂(著)の感想【別の生き物になりたい】(芥川賞候補、すばる文学賞佳作)

別の生き物になりたい 主人公は30歳の女性。仕事終わりにジムで筋トレに励んでいます。 フィットネス感覚ではなく、徹底的に体を鍛える、ガチな筋トレです。 スミスとは、筋トレマシンの名前です。 バーベルの左右にレールがついたトレーニング・マシンであ…

『貝に続く場所にて』石沢麻依(著)の感想【震災で行方不明になった知人】(群像新人賞受賞、芥川賞受賞)

震災で行方不明になった知人 主人公の女性は、ドイツのゲッティンゲンに住み、論文を書いています。 そこに、東日本大震災で行方不明になった知人が来ます。大学のときに、主人公と同じ研究室に所属していた男性で、9年ぶりの再会です。 話しぶりや様子を見…

『悪い音楽』九段理江(著)の感想【心がない教師】(文學界新人賞受賞)

心がない教師 面白く一気に読みました。 文學界新人賞の受賞作2作のうちの1作ですが、本作の単独受賞で良いと思いました。 中学校の音楽教師である主人公は、男子生徒同士の喧嘩の第一発見者として、話し合いの場に出席させられます。 生徒の親や、教頭など…

『穀雨のころ』青野暦(著)の感想【きわめて優れたスケッチ】(文學界新人賞受賞)

きわめて優れたスケッチ 文學界新人賞には、2817作の応募があったそうです。 受賞作は2817作のうちの2作。ですが選考委員の選評は厳しいです。 『穀雨のころ』は、長嶋有さんだけが○をつけ、その他4人の選考委員は×をつけたそうです。 本作は、高校生の男女4…

『おらおらでひとりいぐも』若竹千佐子(著)の感想【生きた意味、生きる意味】(芥川賞受賞、文藝賞受賞)

生きた意味、生きる意味 主人公は、東北出身の74歳の女性です。 夫に先立たれ、残された家に一人で暮らしています。 一人の老後生活には、寂しさがつきまといますが、主人公はしたたかに生きています。 満二十四のときに故郷を離れてかれこれ五十年、日常会…

『百年泥』石井遊佳(著)の感想【面白いが実態をつかめない】(芥川賞受賞、新潮新人賞受賞)

面白いが実態をつかめない 主人公は、男に借金を背負わされたため、インドで日本語教師をします。 資格も経験もありません。 インドのチェンナイで、若いIT技術者たちに日本語を教えていると、百年に一度の大洪水が起きました。 橋の上に積み上げられる泥。 …

『星に帰れよ』新胡桃(著)の感想【現役女子高生の作品】(文藝賞優秀賞)

現役女子高生の作品 文藝賞に応募があった2360作の第2位です。 受賞作は『水と礫』です。感想はこちらです。 本作『星に帰れよ』の何がすごいって、高校2年生が書いた作品であることです。 反対に、高校2年生が書いた作品だからこそ、優秀賞を受賞したのかも…

『追いつかれた者たち』濱道拓(著)の感想【最後まで読ませる力】(新潮新人賞受賞)

最後まで読ませる力 途中で読むのをやめようと、何度か思いました。 登場人物の独白や、まとわりつく文章に、胸やけするような感じがあったからです。 また、小山田浩子さんの選評で、 読んでいて暴力や陰惨さに心乱されねばならない間合いでいちいちつまず…

『わからないままで』小池水音(著)の感想【選評を読んで】(新潮新人賞受賞)

選評を読んで 物語の章ごとに登場人物の人称が変わるので、読みにくさがあります。 例えば、1章で「父親」と書かれていた人物が、2章では「男」と書かれています。 章ごとに人称が変わることについて、選評で小山田浩子さんは、 効果よりもわかりづらさが勝…

『十七八より』乗代雄介(著)の感想【他の作品にはない】(群像新人賞受賞)

他の作品にはない 「17、8歳」の女子高生が主人公です。 主人公の回想で、 学校生活 家族と過ごす日常 叔母との会話 が描かれます。 回想形式の作品ですが、現在の主人公は、物語に登場しません。 私が、2年以上前に本書を読んだときの感想を、一部抜粋しま…

『市街戦』砂川文次(著)の感想【吉祥寺での戦闘】(文學界新人賞受賞)

吉祥寺での戦闘 主人公は、自衛官勤務する前の、最後の訓練に参加しています。 装備をして、ある地点からある地点まで歩くという、行軍とよばれる訓練です。 訓練に参加しながら、主人公は大学時代に思いをめぐらせています。 大学時代の回想が何度も入るこ…

『コンジュジ』木崎みつ子(著)の感想【ロックスターの配偶者】(芥川賞候補、すばる文学賞受賞)

ロックスターの配偶者 後半からの熱量が凄い作品です。 すばる文学賞の選評で、川上未映子さんは、 何よりもラストシーン。評価を忘れただ物語を読む者として深く胸打たれた と書いています。 主人公は11歳のとき、イギリスのロックバンドのボーカルに恋をし…