いっちの1000字読書感想文

平成生まれの社会人。小説やビジネス書中心に感想を書いてます。

芥川賞

『ジャクソンひとり』安堂ホセ(著)の感想【敵と見なす勇気】(文藝賞受賞、芥川賞候補)

敵と見なす勇気 ジャクソンは、アフリカのどこかの国と日本のハーフで、ゲイです。 日本で言うところの、マイノリティの中のマイノリティ。 ジャクソンに似ている人間が、他に3人集まります。 4人が集まった場所で、4人の心情も描かれるので、これは誰の心情…

『最高の任務』乗代雄介(著)の感想【最高の任務とは何か】(芥川賞候補)

最高の任務とは何か 前回読んだときの感想(2019年12月)はこちらです。 そのときも、最高の任務とは何だろうと、思っていた気がします。 しかしそこには触れずに、書きやすそうなところを選んで感想を書いています。 最近は、わからないことはわからないと…

『ハンチバック』市川沙央(著)の感想②【殺すために孕もうとする障害者】(文學界新人賞受賞、芥川賞受賞)

殺すために孕もうとする障害者 芥川賞を受賞したので再読しました。 前回読んだときの感想はこちらです。 主人公は、嫌っています。 例えば、ものに対して。 博物館や図書館や、保存された歴史的建造物が、私は嫌いだ。完成された姿でそこにずっとある古いも…

【芥川賞予想】第169回芥川賞候補作発表、掲載誌まとめ(2023年上半期)

第169回芥川賞候補作発表 2023年6月16日(金)、芥川賞の候補5作品が発表されました。 受賞作の発表は、7月19日(水)です。 以下、候補作と掲載誌をまとめ、受賞予想をいたします。 石田夏穂『我が手の太陽』群像5月号 第166回の候補『我が友、スミス』に続…

『エレクトリック』千葉雅也(著)の感想②【ないはずのものがある】(三島賞候補、芥川賞候補)

ないはずのものがある 感想①はこちらです。 主人公の父は、独立して広告代理店を営んでいます。 メインの仕事は、地元のスーパーマーケットの折り込みチラシの作成です。 父の経営は、そのスーパーに依存しています。 スーパーマーケットから契約を打ち切ら…

『我が手の太陽』石田夏穂(著)の感想②【検査員の存在は何か】(芥川賞候補)

検査員の存在は何か 感想①はこちらです。 主人公は工事現場の溶接工です。 予定より早く来た検査員が、主人公の溶接が「不合格(フェール)」だったと知らせます。 検査員は加えて、これまでの主人公の溶接で、ギリギリの判定もあったと言います。 長く続け…

『我が手の太陽』石田夏穂(著)の感想①【工事現場の人のプライド】(芥川賞候補)

工事現場の人のプライド 主人公は、工事現場の溶接工です。 約20年働いてきて、自分の仕事に自信を持っています。 自他ともに認める、技術の持ち主です。 しかし、主人公の溶接が、検査で引っかかり、溶接をやり直すことになります。 なぜ欠陥が出たのか、自…

『それは誠』乗代雄介(著)の感想②【溺れてる人がいたらどうするか】(芥川賞候補)

溺れてる人がいたらどうするか 感想①はこちらです。 比喩的に、主人公は溺れています。 修学旅行の自由行動の1日で、叔父に会いに行くわけですから。 班を離れ、単独行動を希望する主人公。 毎日薬の服用が必要で、吃音持ちの「松」は、主人公への同行を希望…

『それは誠』乗代雄介(著)の感想①【著者の最高傑作】(芥川賞候補)

著者の最高傑作 掲載されている文學界の表紙に、 4人の若者のかけがえのない生の輝きをとらえた、著者の最高傑作! と書かれています。 出版社側が最高傑作と謳った作品で、最高傑作だった試しがあるでしょうか。 ですが、心配無用です。 乗代さんの小説はほ…

『##NAME##』児玉雨子(著)の感想【交換可能な名前】(芥川賞候補)

交換可能な名前 主人公のジュニアアイドル時代と、アイドルを引退した後の大学生時代を描きます。 帯には、 私の過去は、”現代の闇”なのか? でもそれは、あまりにまぶしい闇だった。 「現代の闇」とは、どういうことでしょうか。 セックスを強要されたりヌ…

『ハンチバック』市川沙央(著)の感想①【選評を読んで】(文學界新人賞受賞、芥川賞受賞)

選評を読んで ハプニングバーの潜入記事から始まります。 いきなり性的な表現からか……。 読み始めの印象はそうでした。 しかし、それは入院している人間が執筆している架空の記事だとわかります。 体験ではなく、創作か。 小説自体、創作なのですが、体験を…

『エレクトリック』千葉雅也(著)の感想①【同性愛の目覚め】(三島賞候補、芥川賞候補)

同性愛の目覚め 主人公は、宇都宮に住む高校2年生です。 時代は1995年。 1978年生まれの著者自身の年代と合っています。 「エレクトリック」とは、 電気の、電気で動く、電動の(weblioより) という意味があります。 本作で言うと、 アンプ(主人公の父が製…

『荒地の家族』佐藤厚志(著)の感想【明るい未来が見えなくても】(芥川賞受賞)

明るい未来が見えなくても 「荒地」の家族。 タイトルが重いです。 帯のキャッチコピーに、 あの災厄から十年余り、男はその地を彷徨いつづけた。 とあり、読む前から気が重いです。 「荒地」とは、東日本大震災の被害を受けた土地です。 主人公は、宮城県で…

『この世の喜びよ』井戸川射子(著)の感想【二人称で書く意味】(芥川賞受賞)

二人称で書く意味 主人公は、ショッピングセンター内の喪服売り場で働く女性です。 「あなた」という二人称で書かれます。 本作の一文目は、 あなたは積まれた山の中から、片手に握っているものとちょうど同じようなのを探した。 なぜ、二人称で書かれる必要…

『グレイスレス』鈴木涼美(著)の感想【なぜAV女優にならないのか】(芥川賞候補)

なぜAV女優にならないのか 「グレイスレス」の言葉の意味がわかりませんでした。 辞書では、 品のない 見苦しい 恐れのない 不快な など、多様な意味が書かれていました。 作中に「グレイスレス」という言葉は出てきません。 主人公は、AV業界で化粧の仕事を…

『開墾地』グレゴリー・ケズナジャット(著)の感想【故郷へ帰る意味】(芥川賞候補)

故郷へ帰る意味 『開墾地』というタイトル。一見とっつきにくいです。 辞書には、「山林や原野を切り開いた土地」とあります。 「開墾地」が意味するのは、 アメリカ(サウスカロライナ州)から上京した主人公 イランからサウスカロライナに渡った主人公の父…

第168回芥川賞受賞作発表と、近年の受賞作で一番良かった作品

第168回芥川賞受賞作発表 2023年1月19日(木)、芥川賞の受賞作が発表されました。 ダブル受賞です。 井戸川射子『この世の喜びよ』 この世の喜びよ 作者:井戸川射子 講談社 Amazon 佐藤厚志『荒地の家族』 荒地の家族 作者:佐藤厚志 新潮社 Amazon 受賞予想…

第168回芥川賞候補作発表、掲載誌まとめ(2022年下半期)

第168回芥川賞候補作発表 2022年12月16日(金)、芥川賞の候補5作品が発表されました。 受賞作の発表は、2023年1月19日(木)です。 以下、候補作と掲載誌をまとめます。 安堂ホセ『ジャクソンひとり』文藝冬季号 初の候補入りです。 同作で文藝賞を受賞しま…

『ビニール傘』岸政彦(著)の感想【居場所を失ったら生きていけないのか】(芥川賞候補、三島賞候補)

居場所を失ったら生きていけないのか 大阪が舞台。人物の視点がころころと切り替わります。 ときにはタクシー運転手の男性、ときにはガールズバーの女性。 視点の切り替わりは、一つの場所に居続けない人間みたいです。 コンビニ店員や美容師など、サービス…

『ギフテッド』鈴木涼美(著)の感想【母の死に際】(芥川賞候補)

母の死に際 主人公は、飲み屋で働く20代後半の女性です。 歓楽街やコリアンタウンの近くに住んでいます。 母の要望で、母は主人公の部屋に移り住みます。 しかし、すぐに入院してしまいました。 母の命は長くないです。母に付き添うため、主人公は飲み屋を辞…

『家庭用安心坑夫』小砂川チト(著)の感想【坑道に立つマネキン人形を盗む】(群像新人賞受賞、芥川賞候補)

坑道に立つマネキン人形を盗む タイトルの「家庭的安心坑夫」とは何でしょうか。 作中には明言されていません。 関連しているのは、主人公の実家近くのテーマパークの坑道にいる、ツトムというマネキン人形のことです。 ツトムはその坑道の中腹に立っている…

『おいしいごはんが食べられますように』高瀬隼子(著)の感想【胸糞悪い『コンビニ人間』】(芥川賞受賞)

胸糞悪い『コンビニ人間』 『コンビニ人間』からユーモアを引いて、胸糞悪さを足したような小説です。 狭い職場の表面的な人間関係の裏にある感情を、さらけ出しています。 登場人物の誰一人にも魅力を感じませんでした。 支店長:「飯はみんなで食ったほう…

『あくてえ』山下紘加(著)の感想【悪態というコミュニケーション手段】(芥川賞候補)

悪態というコミュニケーション手段 タイトルの「あくてえ」とは、 悪口や悪態といった意味を指す甲州弁 で、主人公である19歳の女性は、悪態をつきます。 主人公が、同居の祖母を「ばばあ」と心の中で呼ぶのも悪態の一つです。 主人公は、 祖母 母 の三人暮…

【芥川賞予想】第167回芥川賞候補作発表、掲載誌まとめ(2022年上半期)

第167回芥川賞候補作発表 2022年6月17日(金)、芥川賞の候補5作品が発表されました。 受賞作の発表は、7月20日(水)です。 以下、候補作と掲載誌をまとめ、受賞予想をいたします。 小砂川チト『家庭用安心坑夫』群像6月号 初の候補入りです。 同作で群像新…

『パーク・ライフ』吉田修一(著)の感想【小説に書かれていない余白を体験】(芥川賞受賞)

小説に書かれていない余白を体験 「パーク・ライフ」のタイトルどおり、公園が舞台です。 都会の中心、日比谷公園。 公園内で大事件が起こる、といった話ではありません。 昼間の公園でよく見られる風景を切り取った作品です。 主人公は、バスソープや香水を…

『ボギー、愛しているか』伊藤たかみ(著)の感想【売春島に打ち上げられた男】(芥川賞候補)

売春島に打ち上げられた男 ボギーとは、主人公の地元の同級生です。保木のあだ名がボギーです。 ボギーは、十九の夏に死んだ。溺死だった。九月の終わり、W島の海岸に打ち上げられたのだ。そこは、地元の売春島だと噂される小さな島だった。 なぜ、ボギーが…

『サイドカーに犬』長嶋有(著)の感想【母が家を出た】(芥川賞候補)

母が家を出た サイドカーに乗った犬を、主人公は海沿いの道路で見ます。 サイドカーに犬を乗せたバイクが前方を走っていた。犬は行儀よくすわっていた。 主人公も、サイドカーの犬のように行儀がよいです。 欲しいものを、人にねだることができません。 主人…

『猛スピードで母は』長嶋有(著)の感想【心強いシングルマザー】(芥川賞受賞)

心強いシングルマザー 主人公の母の車の運転は、いつも猛スピードです。 主人公は小学5年生の男の子で、母と二人、北海道で暮らしています。 北海道の南岸沿いの小都市だが、背後を背の低い山が囲んでいた。だから海から流れてくる雲が停滞しやすいのだとい…

『無花果カレーライス』伊藤たかみ(著)の感想【実の中に咲く花】(芥川賞候補)

実の中に咲く花 無花果(いちじく)のジャムが入ったカレーライスは、主人公の母が作っていた料理です。 カレーには無花果のジャムがいいのよとつぶやく。そうすれば、味がまろむから。 主人公の母は、小学生の主人公に暴力をふるっていました。 主人公は、…

『八月の路上に捨てる』伊藤たかみ(著)の感想【タイトルが良い】(芥川賞受賞)

タイトルが良い タイトルに惹かれて手に取りました。 「八月の路上」だけだと暑そうです。 「路上に捨てる」だけだと物寂しい感じがします。 「八月の路上に捨てる」だと、暑さと物寂しさが相まって、夏の終わりの悲壮感ある雰囲気が伝わってきます。 それに…