いっちの1000字読書感想文

平成生まれの30代。小説やビジネス書中心に感想を書いてます。

『エレクトリック』千葉雅也(著)の感想②【ないはずのものがある】(三島賞候補、芥川賞候補)

ないはずのものがある

感想①はこちらです。

主人公の父は、独立して広告代理店を営んでいます

メインの仕事は、地元のスーパーマーケットの折り込みチラシの作成です。

父の経営は、そのスーパーに依存しています。

スーパーマーケットから契約を打ち切られると、経営はまずい状況になります。

父は取引先の社長に、贈り物をしようと考えています。

父が社長に贈るのは、オーディオのアンプです

プレゼントするのではかえって気を煩わせるそもそもカネならあり余っている相手だ

と、プレゼントすることには、気が引けてます。

半額で、一応は買ってもらうことにしよう。(中略)「安く手に入る」というのは半分嘘だそういうことにするのである

父は、短期のマイナスより、長期のプラスを取ることを考えます。

アンプの半額を父が払うことで、スーパーマーケットとの契約を継続させる意図でしょう。

アンプの整備は、父一人ではできませんでした。

父の友人に一部整備を依頼するのですが、友人にアンプを持ち去られました

持ち去られたアンプを、父は取り返すことができません。

どうするの? 泥棒する?

と主人公は聞きますが、

できないだろ

と父は否定します。

主人公と父は、社長のいるビルの一室に行きます。

そこに、アンプがありました。

父が整備し、友人に持ち去られた、アンプです。

どうして、社長の手に渡っているのか。

父が整備していたものに、間違いありません。

ですが、どういう経緯で、社長の手に渡ったのかはわかりません。

この部屋もこのビルも、現象なのだろうか?

ないのに、ある

ないはずのものがあることで、これは現象なのかと、主人公は思います。

しかし、父の友人から渡ったことには、違いないでしょう。

宇宙のすべてが、ないのに、ある宇宙もまた、あるとき、誰かによって持ち去られてしまったのかもしれない宇宙もまた、持ち去られたままなのかもしれないにもかかわらず、宇宙がある

ないはずのアンプから、宇宙の話にスケールが広がり、物語が終わっていきますが、この煙の巻き方は良くないと思いました。

超常現象なわけがありません。

主人公の父は、社長に「このアンプ、どうしたんですか」と聞いているはずですし、社長がアンプを手に入れた経緯は、書かれるべきだと思いました。

物語の冒頭で、手品師の「ハンドパワー」を、静電気と説明したように。

ハンドパワーは超能力でも何でもない自然現象なのだ科学的にごく普通のことである

ハンドパワーは静電気だと説明したのに、ないはずのアンプの存在を「現象なのだろうか」で片づけてしまうのは、良くないと思いました。

  • 社長がアンプを手に入れた経緯
  • 社長にアンプを手渡した友人と、父の対話

これが書かれないと、もやもやした感じが残ってしまい、読み手として消化不良でした。