検査員の存在は何か
感想①はこちらです。
主人公は工事現場の溶接工です。
予定より早く来た検査員が、主人公の溶接が「不合格(フェール)」だったと知らせます。
検査員は加えて、これまでの主人公の溶接で、ギリギリの判定もあったと言います。
長く続けて貰うには、こういう情報共有も必要だと思って
と、主人公に助言します。
しかし、主人公は検査員に、失せろという感情を抱きます。
検査員はただ検査すればいいのであって、わざわざ「こういうの」を作業員に伝える義務も義理もない。
とはいえ、フェール(不合格)だと溶接のやり直しが必要です。
主人公は、フェールの記録を確認するため、工事長を訪ねますが、工事長はフェールの件を知りません。
さらに、主人公の溶接を検査した人間も、フェールの件は知りませんでした。
実際、主人公の溶接は、フェールではありませんでした。
では、最初に主人公に「フェール」だと伝えに来た検査員は、誰で、何だったのでしょうか。
主人公は、検査員の顔を覚えていませんでした。
同席していた同僚にも確認しますが、早く来た検査員のことを、同僚は覚えていません。
その後、主人公は別の現場で、「フェール」と言ってきた検査員を見つけます。
溶接をしている主人公に、
これ、フェールするよ
としみじみと言います。
検査員が、作業中の溶接工に、予言するようなことは言わないでしょう。
この検査員は、主人公にしか見えない存在だと思います。
主人公の技術低下や、自身の奢り高ぶりに、他者の形で警鐘を鳴らしに来た、主人公を検査する存在です。
検査員の手を、主人公が掴むと、信じられないほどの熱さを感じます。
検査員の手には肉の感触はなく、弾力がありません。
汚い手で触るな
と、主人公は言われて手を振り払われ、検査員は去ります。
汚い手とは、自分のミスでけがをした、主人公の左手のことです。
「汚い手」を見ると、全然そうではなかった。いつしか左手は治っていた。(中略)右手と左手を握手させると、どちらも痛いほど冷たかった。そして、自分のものとは思えないほどやわらかかった。あの検査員が、持って行ったのだ。
このラストは、正直、何が何だかわかりません。
- 「左手が治っていた」→治っていたと、主人公が感じた
- 「どちらも痛いほど冷たかった」→冷たいと、主人公が感じた
- 「自分のものとは思えないほどやわらかかった」→やわらかいと、主人公が感じた
- 「あの検査員が、持って行った」→持って行ったと、主人公が感じた
あくまで、主人公が感じたことを述べているだけです。本当にそうなっていたかは、わかりません。なっていないと思います。
「あの検査員が、持って行った」ものとは、何でしょうか。
主人公の怪我なのか、帯びている熱なのか、手の固さなのか。私にはわかりませんでした。
この箇所によって、検査員の存在がわかりにくくなります。
検査員は、主人公にだけ見える、主人公に警鐘を鳴らしに来た存在だと思いました。
ですが、主人公の左手を治し、代わりに何かを持って行った存在となると、この検査員は一体何なのか。疑問は残るままです。