大人とは何か
43歳の主人公が、フェイスブックの「知り合いかも?」で、昔付き合っていた恋人を見つけます。
彼女はかつて「自分よりも好きになってしまった」その人だった。
主人公の回想をもとに、彼女と過ごした日々が語られます。
物語上、新鮮さはあまりありません。ありふれたボーイミーツガールものです。
特殊さといえば、現代と90年代が入り混じって語られる作品の構造です。
90年代での語りには、当時流行ったもの(音楽・映画・芸術など)がセットで登場するので、読みにくさはありません。
文章も読みやすいです。悪くいえば、ライトです。
では、どうして本書を手に取ったのかというと、タイトルが理由です。
- ボクたちは
- みんな
- 大人になれなかった
タイトルに「みんな」があることで、読者の私も「大人になれなかった」と言われている感覚がありました。
私としては、自分を大人だと自覚していました。
いや、もしかしたら、自分もどこかで大人になれなかったと思っているからかもしれません。
いずれにしても、タイトルに惹かれて手に取りました。
「大人にはなれなかった」ことが書かれてることで、逆説的に「大人とは何か」を知れると思ったからかもしれません。
大人とは何だろう。
タイトルの意味を考えるにあたり、本書から読み取れる部分を2か所抜粋します。
1か所目、
きっと男の子が全員、男になれるわけじゃないんだよ
主人公が付き合っていた彼女のセリフです。主人公と同僚が取引先の会社のドアを木製バットでたたき割ったことへの、彼女の発言です。
彼女から見ると、主人公と同僚は、「男」になれなかった「男の子」でしょう。
2か所目、
望み通りのものじゃなくも、美味いと言えるのが大人ってやつよ
主人公の同僚のセリフです。ブラックコーヒーを飲みたいという希望がかなわず、差し出されたカフェオレを飲んだときの発言です。
会社のドアをバットでたたき割った同僚は、飲みたくないカフェオレを美味いと言って、大人になったのでしょうか。
大人になっていないと、私は思います。
なぜなら、「望み通りのものじゃなくも、美味いと言えるのが大人ってやつよ」という発言をしているからです。
望み通りのものじゃなくても、「黙って」美味いと言えれば、大人なのかもしれません。
ですが、「大人ってやつよ」と発言してしまうと、大人には見えません。
それに、タイトルの「ボクたち」には、主人公の同僚も含まれると想定できるので、同僚は大人になれなかったと言えそうです。
では、「ボク」は、大人になれなかったのでしょうか。
43歳の主人公は、アートディレクターとして業界の裏方として生きています。立派な社会人に見えます。
それなのに、タイトルには「大人になれなかった」とあります。
この作品では、大人=社会人ではなさそうです。
この作品でいう「大人になれない人」とは、「自分中心で生きている人」だと思いました。
上記の引用だと、
- 取引先の会社のドアをたたき割る=自分中心で生きている
- 望み通りのものでなくても黙って美味いと言える=相手のことも考えている
主人公は、かつての彼女を、
自分よりも好きになってしまった
自分よりも大切な存在
と表現しています。
自分より上位に考えられる存在がいる人が、大人なのでしょう。
その点から考えると、
ダサいことをあんなに嫌った彼女のフェイスブックに投稿された夫婦写真
を撮った彼女は大人ですし、
わたしはね、やっぱり女優さんになりたいんじゃない。わたしの夢はね、いいお母さんになりたい
と言った女優の卵は大人になるでしょう。
主人公が、今も彼女と過ごしていたら、大人になっていたかもしれません。
大人になるのが良いかどうかは別として。