指がないこと
最初の一文を読んだら、次の文、次の文と、読み進められます。
短文の畳みかけで、最後まで疾走感があります。
主人公は男子中学生。右手の小指と、薬指半分がありません。
4歳のとき、タンスで指を挟んだからです。
父と母とは別居で、祖母と妹の三人暮らしです。
指がないことも、両親と暮らしてないことも、「かわいそうな自分」として書いてないのが、良いです。
主人公は、担任の教員が女子生徒にセクハラをした噂を、聞きます。
主人公と友人は、担任に天罰を与えるため、担任の車に落書きし、傷をつけます。
主人公たちの犯行は、バレてました。
担任は、クラス全員に言います。
指がない人。そんな人が普段の生活に紛れ込んでるなんて、信じられる?
(中略)そういう人は『社会のお荷物』と呼ばれて立派な大人になれません。(中略)指がなかったら、勉強だって運動だって人並みにはできないもんね
主人公は学校へ行かなくなり、年上のヤンキーたちとつるむようになります。
主人公が深夜のファミレスにいたとき、橘という高校生と出会います。
主人公が、担任から障害者扱いされた話をすると、橘は、
今からそいつのとこ行ってシメようや
と言い、有言実行します。主人公も担任に蹴りを入れます。
主人公は、橘に心酔していきます。
橘は東京に憧れを抱いてますが、主人公は今のままでいいと思ってます。
今が一番だと思うと、ずっとこのままでいたいと思うと、なぜか不意に暗い寂しさに襲われる。
「不意に暗い寂しさに襲われる」のは、ずっとこのままでいたいわけではないと、主人公は心のどこかで思ってるからでしょう。
橘は主人公に、
手のことでいつまでもウジウジしてさぁ
と言います。
主人公は、手の指がないことで、引け目を感じてたのかもしれません。
橘に何になりたいか聞かれた主人公は、
鳶か親戚の畑手伝うか、それが無理なら市内でキャッチとか? 泥水啜る系の仕事で何か
と返します。現実的です。
主人公は、指がないことや両親がいないことで、夢を持たなくなったのかもしれません。
ただ、ふてくされてるようには見えません。それが良いです。
皆が、大きな夢を持つ必要はないですし。
東京から帰ってきた橘は、「殺されるかもしれん」と、主人公を頼ります。
ブラジル人の有名ラッパーの彼女と浮気したことが原因だと言います。
主人公は、
後ろから殴って倒す
と言い、一人で東京へ向かいます。
東京に来た主人公は、
俺はここで何をしとるんやろうか。何かもっと本気出して打ち込むべきことがあった気がする。
(中略)実はマンガを描いてみたいとも思っていた。なんかもっと、でっかい憧れみたいなもんが色々と俺にもあった気がする。よく知らん奴を殺す前に、なんかもっとやるべきことが。
主人公は、ラッパーに会います。
ラッパーの隣には、橘と浮気したと思われる彼女がいました。
ラッパーの彼女は、主人公の手を見て、指がないことを嬉々として指摘します。
ラッパーは、主人公の手を無視します。ここも良いです。
主人公に指がないことは、ラッパーにとってはどうでもいいことなのでしょう。
ラッパーはブラジル人で、生まれも育ちも日本の北関東の方らしいです。
もしかしたら、いじめや差別を受けて育ったのかもしれません。
ラッパーは、ラップという「憧れ」を自分のものにして、有名になりました。
指がないことは、取るに足らないと思ってるのでしょう。
中学校、ファミレス、東京と、主人公のいる場所(関わる人)が変わるにつれ、指がないことは小さくなっています。
- 中学校(教員):『社会のお荷物』と呼ばれて立派な大人になれません。(中略)指がなかったら、勉強だって運動だって人並みにはできないもんね
- ファミレス(橘):手のことでいつまでもウジウジしてさぁ
- 東京(ラッパー):主人公の手を見たけど何も言わない
指がないことを無視された主人公はどうするか。
私は、地元に戻ってマンガを描き始めると思ってました。
しかし、全く想像できなかった展開になります。
ラストはわかりにくく、尻切れな感じがありますが、面白かったです。