いっちの1000字読書感想文

平成生まれの30代。小説やビジネス書中心に感想を書いてます。

『無敵の犬の夜』小泉綾子(著)の感想【指がないこと】(文藝賞受賞)

指がないこと

最初の一文を読んだら、次の文、次の文と、読み進められます。

短文の畳みかけで、最後まで疾走感があります。

主人公は男子中学生右手の小指と、薬指半分がありません

4歳のとき、タンスで指を挟んだからです。

父と母とは別居で、祖母と妹の三人暮らしです。

指がないことも、両親と暮らしてないことも、「かわいそうな自分」として書いてないのが、良いです。

主人公は、担任の教員が女子生徒にセクハラをした噂を、聞きます。

主人公と友人は、担任に天罰を与えるため、担任の車に落書きし、傷をつけます。

主人公たちの犯行は、バレてました。

担任は、クラス全員に言います。

指がない人そんな人が普段の生活に紛れ込んでるなんて、信じられる?

(中略)そういう人は『社会のお荷物』と呼ばれて立派な大人になれません。(中略)指がなかったら、勉強だって運動だって人並みにはできないもんね

主人公は学校へ行かなくなり、年上のヤンキーたちとつるむようになります。

主人公が深夜のファミレスにいたとき、橘という高校生と出会います。

主人公が、担任から障害者扱いされた話をすると、橘は、

今からそいつのとこ行ってシメようや

と言い、有言実行します。主人公も担任に蹴りを入れます。

主人公は、橘に心酔していきます。

橘は東京に憧れを抱いてますが、主人公は今のままでいいと思ってます。

今が一番だと思うと、ずっとこのままでいたいと思うと、なぜか不意に暗い寂しさに襲われる

「不意に暗い寂しさに襲われる」のは、ずっとこのままでいたいわけではないと、主人公は心のどこかで思ってるからでしょう。

橘は主人公に、

手のことでいつまでもウジウジしてさぁ

と言います。

主人公は、手の指がないことで、引け目を感じてたのかもしれません。

橘に何になりたいか聞かれた主人公は、

鳶か親戚の畑手伝うか、それが無理なら市内でキャッチとか? 泥水啜る系の仕事で何か

と返します。現実的です。

主人公は、指がないことや両親がいないことで、夢を持たなくなったのかもしれません。

ただ、ふてくされてるようには見えません。それが良いです。

皆が、大きな夢を持つ必要はないですし。

東京から帰ってきた橘は、「殺されるかもしれん」と、主人公を頼ります。

ブラジル人の有名ラッパーの彼女と浮気したことが原因だと言います。

主人公は、

後ろから殴って倒す

と言い、一人で東京へ向かいます。

東京に来た主人公は、

俺はここで何をしとるんやろうか何かもっと本気出して打ち込むべきことがあった気がする

(中略)実はマンガを描いてみたいとも思っていたなんかもっと、でっかい憧れみたいなもんが色々と俺にもあった気がするよく知らん奴を殺す前に、なんかもっとやるべきことが

主人公は、ラッパーに会います。

ラッパーの隣には、橘と浮気したと思われる彼女がいました。

ラッパーの彼女は、主人公の手を見て、指がないことを嬉々として指摘します。

ラッパーは、主人公の手を無視します。ここも良いです。

主人公に指がないことは、ラッパーにとってはどうでもいいことなのでしょう。

ラッパーはブラジル人で、生まれも育ちも日本の北関東の方らしいです。

もしかしたら、いじめや差別を受けて育ったのかもしれません。

ラッパーは、ラップという「憧れ」を自分のものにして、有名になりました。

指がないことは、取るに足らないと思ってるのでしょう。

中学校、ファミレス、東京と、主人公のいる場所(関わる人)が変わるにつれ、指がないことは小さくなっています。

  • 中学校(教員):『社会のお荷物』と呼ばれて立派な大人になれません。(中略)指がなかったら、勉強だって運動だって人並みにはできないもんね
  • ファミレス(橘):手のことでいつまでもウジウジしてさぁ
  • 東京(ラッパー):主人公の手を見たけど何も言わない

指がないことを無視された主人公はどうするか。

私は、地元に戻ってマンガを描き始めると思ってました。

しかし、全く想像できなかった展開になります。

ラストはわかりにくく、尻切れな感じがありますが、面白かったです。

無敵の犬の夜

無敵の犬の夜

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