いっちの1000字読書感想文

平成生まれの30代。小説やビジネス書中心に感想を書いてます。

『1000年後の大和人』松井十四季(著)の感想【保育園の運転手のぼやき】(三田文學新人賞受賞)

保育園の運転手のぼやき

主人公は保育園の運転手をしています。

鬼滅の刃とうっせぇわに辟易しながらバックミラーを見ると8人の保育園児が緑と黒の格子柄のマスクをしながらうっせーうっせーと叫んでいた

一文目から飛ばしてます。語り口が面白く、引き付けられました。

残業だけど当然サービスだった。というか、この慈愛に満ちたマリア保育園で残業はつかない約束になっていた

マリア保育園というネーミングセンスと、サービス残業に結び付けて園名を出すやり方がうまいです。皮肉が効いています。

高級車なら確実に腹を擦る坂道を登った。

何のやる気もない太ったキュウリみたいな母親がいて大きなスマートフォンを持っていた。

比喩にユーモアがあって、読んでて楽しいです。

主人公は、保育園の先生にお金を渡してエロ動画を撮り、ネットで販売して稼いでいます稼いだ金を、恵まれない子どもに寄付しようと考えています。先生への報酬は3万円です。

主人公は結婚しており、家に帰ると妻がいます。妻は、学歴も収入も容姿も、主人公の周りの女性で一番です。

なぜ、主人公がそのような女性と結婚できたかというと、主人公が油絵で賞を取りニュースに出たことがきっかけのようです。油絵はもう描いていません。バスの運転手をして3年目の主人公。

今は、

愚痴を聞いて中間管理職に同情して励まして部署初の女性主任にアイスを出して

(中略)

僕だって働いているのに、切ない自分の人生を冷笑した。

主人公が動画を撮って稼いでいるのは、おかしくなったからで、おかしくなった理由は妻だと考えているようです。

仕事の愚痴聞いて誰がどうだとか、(中略)そんな話ばっか聞いてたらおかしくもなるだろうな俺みたいに

1000年後の大和人とは、主人公のことでしょう。

大和人を、

奈良に昔から住んでいる人のこと

だと、保育園の先生から言います。

1000年後の大和人(主人公)は忙しいです。

僕はいつ恵まれない子供に邪な金を寄付するんだろ。エロ動画の編集もしなきゃいけない。今日の保育園バスの準備も少しだけしなきゃいけない。(中略)情緒不安定な妻のミケと別れなければいけない。油絵を10年ぶりにまた描かなきゃいけない。(中略)このままじゃいけない、このままじゃ

このままじゃいけないと思いつつ、主人公は何をどうするわけでもなく、できるわけでもなく、何も変わらない毎日が続くのでしょう。どこかのタイミングで捕まるかもしれませんが。

子供が仕事でやってる保育士に管理されて楽しめるワケねーだろ。お前らが仕事合間にスタバ行ってスマートフォン弄ってって時に、お前らの大事な保育園児は大概怒鳴られてるか、歌いたくも無い歌を歌うか、変な季節のダンスを無理くり踊らされてるだけだ。まあ、平日の大人も同じようなもんだ。

主人公のつぶやきは芯を食っている気がするのですが、どこにも届かず、ただのぼやきにしか聞こえないのが悲しいです。

ただ、私には主人公のどうしようもないぼやきが響きました。