いっちの1000字読書感想文

平成生まれの30代。小説やビジネス書中心に感想を書いてます。

『荒地の家族』佐藤厚志(著)の感想【明るい未来が見えなくても】(芥川賞受賞)

明るい未来が見えなくても

「荒地」の家族。

タイトルが重いです。

帯のキャッチコピーに、

あの災厄から十年余り、男はその地を彷徨いつづけた

とあり、読む前から気が重いです。

「荒地」とは、東日本大震災の被害を受けた土地です

主人公は、宮城県で植木職人をしています

10年前、植木屋として独立した直後、災厄が起きました。

植木に関係ない仕事も引き受け、生計を立てました。

最初の妻は肺炎で亡くなり、再婚した妻は家を出て行きました

主人公は、母と息子(最初の妻との子)と一緒に住んでいます

小学校高学年の息子は、主人公を避けるようになります

ヘッドホンや本で、主人公に会話の隙を与えません。

主人公が釣りに誘っても、「寒いから」で一蹴されてしまいます。

それでも、息子の成長だけが、主人公の唯一の生きる希望に見えました。見せてないですが、垣間見えます。

ある日、息子が鉄棒から落ちて頭を怪我します

学校から連絡を受けた主人公は、病院へ向かいます。主人公の運転は、歩行者をはねそうになったり店にぶつかりそうになったり、危ういです。

息子の無事を確認した主人公は、事故の原因が、鉄棒での危険な遊びだったと知ります。

主人公は、「ばかやろう」と息子に大声を出します。

頭が混乱して涙がとまらなくなった。もし頭を打っていたらと悪い想像をしては、またすぐ無事だったと安堵する。

伏せた頭の後ろに温度を感じた

息子が、主人公の頭に手を置きます。

小学6年生の息子が、泣いている父親の頭に手を置くとは、なかなか考えにくいですが、私はほろっと泣けてしまいました。

元の生活に戻りたいと人が言う時の「元」とはいつの時点か(中略)十年前か。二十年前か。一人ひとりの「元」はそれぞれ時代も場所も違い、一番平穏だった感情を取り戻したいと願う

私には、「元の生活に戻りたい」=「一番平穏だった感情を取り戻したい」が、わかりませんでした。

私が直接、災厄の被害に遭っていないからでしょう。

家の壊滅などの被害を受けていたら、被害を受ける前である「元」に戻りたいと思うはずです。

本作を読んで、明るい気持ちにはなれません。

リアルです。ドキュメンタリーのようです。

じゃあドキュメンタリーでいいじゃないかと言われれば、その通りかもしれません。

辛い現実をあえて小説にする必要性があるのか、考えました

あると思いました。

『荒地の家族』のようなドキュメンタリーを、私は見られません。

小説を映像化されても、見たいとは思いません。

ただ小説は、読んで良かったと思いました。

映像だったら、生々しい演出だったかもしれません。

息子が主人公の頭に手を置くシーンは、優しげな音楽が流れるでしょう。

本作は、生々しくありません。

主人公から、「災厄に遭ったかわいそうな自分」という印象を受けません。

息子は、「母がいないかわいそうな自分」という感情を見せません。

災厄から10年、明るい未来が見えなくても、生きています。