いっちの1000字読書感想文

平成生まれの30代。小説やビジネス書中心に感想を書いてます。

『我が手の太陽』石田夏穂(著)の感想①【工事現場の人のプライド】(芥川賞候補)

工事現場の人のプライド

主人公は、工事現場の溶接工です

約20年働いてきて、自分の仕事に自信を持っています。

自他ともに認める、技術の持ち主です。

しかし、主人公の溶接が、検査で引っかかり、溶接をやり直すことになります。

なぜ欠陥が出たのか、自分でもわからない何ら特別なことはなく、至極いつも通りにやったそれが何より恐ろしかった

やり直しの作業中、主人公は、タブーを犯しました。

安全ベルトを外したまま、作業をしていたのです。

工事現場にあって、安全第一・無事故無災害は聖域である。(中略)しかし、それより溶接のほうが大事だ

安全ベルトを外して作業していたことが、元請の担当者にばれてしまいます。

元請の担当者は、

今回だけ特別に

と、会社には報告せずに済ませてくれそうでした。

ですが、元請の担当者の、

安全を疎かにする溶接工は下手だと相場は決まってんだよ

の言葉に、主人公が引っかかり、喧嘩になってしまいます。

その結果、安全ベルトを外して作業していたことが、会社に報告されます。

主人公は会社から、1年間の溶接仕事の謹慎を受けます。

溶接以外の仕事を任された主人公は、内心、この仕事は自分じゃなくてもできるのにと思います。

とはいえ、会社からの業務命令には従うしかありません。

主人公には、仕事の序列が決まっているようです。

例えば、溶接の品質を検査した人間に対して、

口先でギャアギャア騒いで結局いい「品質」も悪い「品質」も世に生み出せないお前は、死ぬまでギャアギャアそうしていればいい

また、配管工に対しては、

配管工の癖に生意気いうなとお前と自分では仕事の格が違うお前の仕事は誰にでもできるが自分の仕事は違う

一方で、

こういう仕事をしていると、いつも下に見られるんだ工事現場にいる人は、皆「工事現場の人」だそうじゃないのに俺はその辺の「工事現場の人」じゃないのに誰もそのことを知らない

「誰もそのことを知らない」とありますが、会社の同僚は知っています。

主人公が、その辺の「工事現場の人」ではなく、熟練した溶接工であることを。

主人公が、会社になくてはならない存在であることを、わかってます。

主人公は自分自身に言いかけます。

お前は傲慢なんだよ自分をすごいと思うのは人の自由だが、どんな作業も馬鹿にしてはならないそうだろお前は自分の仕事を馬鹿にされるのを嫌うお前自身が、誰より馬鹿にしているというのに

本作を読むと、主人公の態度が反面教師に見えてきます。

ある程度仕事ができるようになってきたからといって、自分の仕事を疎かにしたり、慢心したり、他の仕事を馬鹿にしたりするもんじゃないと、自戒します。

タイトルの「我が手の太陽」とは、溶接工の主人公にしか、感じられないものです。

自分のような仕事に従事できない者は皆無知だ。そういう人間は鉄鋼の溶け出す瞬間を知らない。自分の手が他のどこより熱い時のことを知らない。アークの最高温度は二万度にも達するそれは、太陽の温度だ

太陽の温度を知るのは、溶接工の主人公だけです。

自分の知る高温の強さを思い出せば、怖いものなどなかった

溶接工だから知り得た、太陽の温度。主人公のプライドです。

主人公にとっての「太陽の温度」と同じようなものは、社長にも、工事長にも、品質管理責任者にもあるでしょう。

その人しか知り得ないこと、体験できないことは、誰にでもあるはずです。

想像力が働かなかった主人公は、このままだとずるずる落ちていってしまうでしょう。

面白く読みましたが、石田さんのユーモアある文章がなかったのは、残念です。

感想②はこちらです。