かすけた家族
「ドライブイン蒲生(がもう)」とは、主人公の父がやっていた店の名前です。
朝から夜まで店を開けているのに客が入らない、しがない飲食店でした。
次第に店を開けない日が多くなり、父は終始、酔っぱらうようになります。
父は暴力をふるいますが、殴るときは利き手とは反対の左手を使います。
父の左手の人差し指と親指の間には、スペードの刺青がありました。
幼い頃の主人公と並行して描かれるのは、大人になった主人公です。
主人公は、30過ぎの姉が別居中の夫に会うのに、立ち会う予定になっています。
姉には娘がいて、2人目を妊娠しています。別居中の夫の子どもかは不明です。
主人公も、主人公の母も、姉が別居中の夫のところに戻るのは反対でした。
別居中の姉の夫は、無職で、暴力をふるう男でした。主人公の父に似ています。
ですが、姉は夫に会うことを決意します。
次の子が産まれるまでに一度は会わなければならないと、傍点のついたような口調で退けられた。
主人公は、姉を「かすけた女」だと表現します。
やつれた三十過ぎの女である。オキシドールで脱色したように、ぱさついた茶髪。プーマのジャージ下。(中略)くたびれた姿が、夜の国道一号線に馴染んでいた。姉の昔の彼氏が国道一号線のことを「かすけている」と表現したことがあるが、彼女もまさしくかすけた女なのだった。
「かすけた」とは、やつれた、くたびれたのような意味でしょう。
かすけているのは、国道一号線や姉だけではありません。
主人公が、姉の娘から「かすけてるって何?」と聞かれたとき、
自分や姉のような人間のことを言うのだろうが、(中略)なまくらになったアイスピックみたいなものです、と言ってみたくなる。
主人公や、切れ味が悪いアイスピックも、かすけているのでしょう。
ただ私は、主人公がかすけているとは思いませんでした。かすけているというより、情けない人間に見えました。
例えば、姉の夫が、主人公の家族を馬鹿にするように、主人公も、姉の夫を馬鹿にしています。自分より大学のランクが下なことや、無職なことをです。
馬鹿にするだけでなく、アイスピックで、姉の夫のタイヤをパンクさせます。
姉の夫が、姉を殴ったからです。利き手の右手で、姉の頬をぶちました。主人公の父でさえ、左手で殴っていたというのに。
主人公は、中学生の頃、一日十台パンクさせたことがあるそうです。
なぜ、十台ものタイヤをパンクさせたかはわかりません。
ただ、主人公はそういう人間でした。まともではありません。
暴力をふるい、酒を飲んだくれた父に育てられた主人公も、父を軽蔑していたはずなのに、結局、父と同じような人生を歩まなければならないのかと、考えてしまいました。
姉は、父と同じように刺青を入れましたし、姉の娘も同じような子どもに育つのだろうと思うと、関係ない人生なのに、なんだかやるせない気持ちになりました。